借景の桜と、塔屋から降りてくる光
それぞれの暮らしが重ならない二世帯住宅

図面もプランも、まだ何ひとつ出していない。それどころか、土地さえ決まっていない。それでも施主のNさんは、初回の面談で、ある建築家に依頼することを決めた。それは住宅の性能と将来の暮らしまでを見据えた家づくりに定評のある、TAWs DESIGNの田辺さん。田辺さんはその期待に、桜の借景、45度振った塔屋、将来の賃貸転用まで盛り込んで応えた。Nさんの想像を超えた家づくりに迫る。

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初日で「任せる」と決めた施主と
将来まで見据えて応えた建築家

埼玉県さいたま市岩槻区の住宅地に一風変わった外観の建物がある。2階建ての家に小さくもう一段載った3階建て。しかしその3階部分は、他の階に対して45度ずれているのだ。

この家を手掛けたのは、TAWs DESIGNの田辺さん。ある日、田辺さんの事務所のウェブサイトに、問い合わせフォームから連絡が届いた。それが施主であるNさんとの最初の接点である。

「会ったその日に、依頼が決まり嬉しいとともに驚いたこと覚えています」と田辺さん。
驚くのも無理はない。この段階では、話をしただけでプランも図面も何ひとつ出していない。しかも「土地探しから一緒にお願いしたい」との依頼だった。後になって聞けば、Nさんは候補として他にも2、3人の設計者を挙げていたというが、初日に「この人になら任せられる」と思ったのだろう。

「Nさんは、表面的なデザインをしすぎる家はいらない、とおっしゃっていました」と田辺さん。ハウスメーカーははじめから選択肢になく、しっかり取り組んでくれる設計事務所に依頼する。判断の基準がはっきりしている人だったのだ。

Nさんご一家は、70代のご夫婦と娘さんの3人が住む二世帯住宅を希望されていた。

こうして田辺さんと協働している不動産会社のアラウンドアーキテクチャーを交え、土地探しから始まった。何ヶ所か候補を回ったものの、全員が納得できるものには出会えない。決め手に欠ける状態がしばらく続いた。

そこにポッと現れたのが、この岩槻の土地だった。
「連絡をもらい、Googleで見て、これはいいぞと思いました。とりあえず押さえましょう、と伝えました」と田辺さん。全員の予定を合わせて見に行く時間も惜しく、まず仮押さえをしてもらい、それぞれが自分のタイミングで足を運んだ。結果は満場一致だった。

Nさんご一家は普段車に乗らず、通勤もない。駅から近い必要はなく、スーパーや飲食店が徒歩圏にあれば十分だった。その条件にこの場所は合っていた。さらに整形地で、三方が道路と駐車場という立地。住宅地でありながら、建物が迫ってこない。

そして決定的だったのが、東側だ。隣接する学校の校庭に、立派な桜の木が4、5本立っていた。ご家族は全員、桜が好きだった。1階からも2階からも、この桜並木を望める。そういう家にできる土地だった。

「実際に土地を見た瞬間に、この借景を活かそうと決意しました」と田辺さん。ヒアリングを通じてご一家の好みを把握していたからこそ、現地に立った瞬間にそう思えたのだろう。

土地が決まり、いよいよプランニングに入る。ところがここで、田辺さんは難問に直面することになる。

Nさんご夫妻は、今の住まいの動線や配置を変えたくないという希望だったのだ。「新しい家になったら新しい生活をはじめたい」と考える施主は多い。だがNさんの場合は逆だった。長い時間をかけて築き上げてきた暮らし方を崩さず、いかに新しい環境で同じように実現するか。それが課題になった。しかも場所は変わり、マンションから戸建てへと形も変わる。同じものをそのまま移設できるわけではない。

元々の住まいの動線を考慮した中庭のある案や新しい試みを盛り込んだ案など、田辺さんは複数のプランを提案した。このプランならこういう動線になり、こういう生活になる。ただしコストはこう変わる。そうした説明を重ねた末に選ばれたのは、今までの生活に最も近く、コンパクトにまとめた案だった。

1階がご夫婦、2階が娘さんの住まいの完全独立型二世帯住宅。世帯間の接点は最小限とし、上下階の生活があまり重ならないゾーニングとした。もともとご一家はマンション内で別々の住戸に暮らしており、それぞれが独立した生活を送ってきた。実家に同居するのとは事情が違う。互いの適度な距離感を保つことは、はじめから前提だった。

ゾーニングが固まっていく中で、田辺さんはある提案をした。将来、1階を賃貸に出せるようにしたらどうか?というもの。

年月を重ね、いずれ住戸のどちらかが空き家になる可能性がある。学校が近く、住環境の良いこの場所であれば賃貸の需要は見込める。Nさんの反応は、「いいと思います」だったという。
  • 東側の校庭から見たN邸。手前に立つのが、借景として取り込んだ桜の木。1階の窓が高い位置にあることも見て取れる

    東側の校庭から見たN邸。手前に立つのが、借景として取り込んだ桜の木。1階の窓が高い位置にあることも見て取れる

  • 南側からの外観。左右で高さを変え、東側の1階を出窓のように前へ出す。斜線制限と階高から生まれる背の高さを、屋根と軒の操作で和らげ2つの家が重なったような佇まい

    南側からの外観。左右で高さを変え、東側の1階を出窓のように前へ出す。斜線制限と階高から生まれる背の高さを、屋根と軒の操作で和らげ2つの家が重なったような佇まい

  • 薄いグレーの左官仕上げの外壁に、ガルバリウム鋼板の屋根。屋根に載る塔屋は、2階に陽が入らないという問題を解くために生まれた。平面から45度振った高窓が南の光を取り込み、開け放てば重力換気で熱が抜けていく

    薄いグレーの左官仕上げの外壁に、ガルバリウム鋼板の屋根。屋根に載る塔屋は、2階に陽が入らないという問題を解くために生まれた。平面から45度振った高窓が南の光を取り込み、開け放てば重力換気で熱が抜けていく

  • 玄関には同じ扉が2つ並ぶ。右が1階、左が2階への入口。それぞれの住まいが、外から独立している

    玄関には同じ扉が2つ並ぶ。右が1階、左が2階への入口。それぞれの住まいが、外から独立している

  • 玄関を入ると、世帯間を行き来するための木製扉が。将来この枠を外して壁にすれば、この家は長屋として成立し、賃貸住宅とすることができる

    玄関を入ると、世帯間を行き来するための木製扉が。将来この枠を外して壁にすれば、この家は長屋として成立し、賃貸住宅とすることができる

  • 1階の玄関のホールにある手洗いカウンター。外出から帰ってきてすぐに手を洗いたいという、奥様のリクエストで生まれた

    1階の玄関のホールにある手洗いカウンター。外出から帰ってきてすぐに手を洗いたいという、奥様のリクエストで生まれた

以前の住まいで使っていたものと同じ畳を入れた和室。メーカーまで揃えている。梁を見せた天井が、柔らかな印象をつくる

LDKの東面に並ぶ高窓。桜と校庭の緑だけが切り取られ、校庭からの人の視線は届かない。左手が洋室で、間仕切りは日中開け放したままとし、LDKと一体化した大空間

奥様が中心になって選んだメーカー品のキッチン。作業をしながら、高窓の向こうに校庭の緑を眺められる。日中、ご夫婦はリビングと洋室に分かれ、それぞれの番組を楽しむのだという

右奥がキッチン、左奥が和室。玄関・パントリー・キッチン・リビングへと回れる動線は、以前の住まいから引き継いだもの。天井の高さを3段階に変えることで、開放感と落ち着きを両立させている

窓を高くして桜だけを切り取った1階
45度振った塔屋が光と風を運ぶ2階

こうして、出来上がったN邸を見ていこう。

外壁は薄いグレーの左官仕上げ、屋根はガルバリウム鋼板。住宅地に建ちながら、周囲の家が迫ってこない環境に、ゆったりと構えている。

南側から眺めると、左右で高さが違い、前後の出っ張りも揃っていないことがわかる。四角い箱がひとつ建っているのではなく、いくつかのボリュームが組み合わされたような姿だ。

これには理由がある。機能や法規をそのまま素直に立ち上げると、形のバランスが崩れてしまうのだ。斜線制限があり、置き床のぶん2階に高さが必要になり、木造にしては背が高くなる。その圧迫感をどう軽減するか。
「どこをどうすればいいのか、相当悩みました」と田辺さん。模型をいくつも作り、検証を重ねたという。

行き着いたのが、屋根と軒の操作だった。南に出る軒だけでなく、東西に伸びるケラバも長めに伸ばす。さらに東側の1階を、出窓のように少し前へ出す。こうして高さと水平のデコボコを整えた。歴史のある建物のようでもあり、どこかハイカラでもある。和と洋が入り混じった、独特の佇まいだ。

ただし軒の長さは、見た目だけで決まっているわけではない。階高の高い東側は窓と軒が離れるぶん、軒を前に出さなければ日差しを遮れない。夏の日射は遮り、冬の日射は取り込む。そのバランスを取りながら、一箇所ずつ寸法が決められている。

そして屋根の上には、45度振った塔屋が頭を出している。

玄関には扉が2つ。1階と2階、それぞれの住まいへの入口だ。中に入れば、もう1枚、木製扉がある。こちらは世帯どうしが行き来するための扉。将来この枠を外して壁にすれば、この家は長屋として成立する。

その木製扉には、両側から鍵をかけられるようにしてある。壁にせず、扉はあるが開けられない状態で残す。そんな使い方も想定されている。

1階は、ご夫婦の住まい。

床は県産材のフローリング、壁は漆喰。道路側の角にある和室には、以前の住まいで使っていたものと同じ畳を入れた。メーカーまで揃えている。梁を見せた天井とあわせて、飾り気のない、柔らかな空間になった。

リビングに立つと、東側の壁の高い位置に窓が並んでいるのが目に入る。その向こうに見えるのは、校庭の緑だ。

この窓の高さは、綿密に検討された結果である。桜は、花が咲くのも葉が茂るのも木の上のほうだ。ならば下は見る必要がない。同時に、下を開ければ校庭からの人の視線がぶつかり、防犯上の不安も生まれる。見たいものだけを見せ、見せたくないものは見せない。そのために窓は高い位置に置かれ、この1階だけ階高が高く取られている。内装工事中に現場の人が、「桜が一面に見えた」と話していたという。

一方、西側は西日対策とプライバシーを考えて、窓を最小限に抑えた。

リビングの隣は洋室で、間仕切りの扉は普段開け放っている。テレビはリビングと洋室にそれぞれ1台。日中、ご夫婦は別々の番組を見るのだという。
  • ダイニング部分は天井を少し下げ、杉板を張って間接照明を仕込んだ。落ち着いて食事のできる、こもり感のある場所になっている。窓辺には造作の収納も

    ダイニング部分は天井を少し下げ、杉板を張って間接照明を仕込んだ。落ち着いて食事のできる、こもり感のある場所になっている。窓辺には造作の収納も

  • 1階はWIC、洗面、バスルームが一直線上に。洗濯の効率も考えた動線。上下階で部屋の種別を揃えることも、独立した2つの住まいを成り立たせる工夫のひとつ

    1階はWIC、洗面、バスルームが一直線上に。洗濯の効率も考えた動線。上下階で部屋の種別を揃えることも、独立した2つの住まいを成り立たせる工夫のひとつ

  • 2階のキッチン。リビング中央の塔屋の吹き抜けが大きな存在感を示している

    2階のキッチン。リビング中央の塔屋の吹き抜けが大きな存在感を示している

  • 塔屋は天井を現しに。平面から45度振ることで、南からの光を効果的に取り込んでいる。窓は南と北の2ヶ所にあり、リモコンで開閉でき、重力換気できるという

    塔屋は天井を現しに。平面から45度振ることで、南からの光を効果的に取り込んでいる。窓は南と北の2ヶ所にあり、リモコンで開閉でき、重力換気できるという

  • 2階のLDK。塔屋の吹き抜けが2層分の高さをつくり、1階とは違った開放感が生まれた。入ってくる光は白壁に反射し、部屋全体を明るく照らす

    2階のLDK。塔屋の吹き抜けが2層分の高さをつくり、1階とは違った開放感が生まれた。入ってくる光は白壁に反射し、部屋全体を明るく照らす

  • 2階も東側の窓から桜の木が見える。壁に沿って並ぶ造作収納はキャスター付き。プリンターやシュレッダーが電源をつないだまま収まっている。使うときだけ手元に引き出し、終われば押し込んで扉を閉じる

    2階も東側の窓から桜の木が見える。壁に沿って並ぶ造作収納はキャスター付き。プリンターやシュレッダーが電源をつないだまま収まっている。使うときだけ手元に引き出し、終われば押し込んで扉を閉じる

2階のキッチンは、娘さんがメーカー品から選んだ。グレーとステンレスでまとめ、1階とは表情を変えている

2階の寝室はシンプルに。木の温もりと白壁で柔らかな雰囲気に

洗面室にはガス衣類乾燥機を設置。乾かしたものをその場でしまえる。洗面横には、階段上の空間を利用した収納も

洗面からWIC、寝室へと続く動線。回遊できる設計でリビングを通らずにプライベートゾーンを行き来できる

間取り図

  • 1F PLAN

  • 2F PLAN-1

  • 2F PLAN-2

基本データ

作品名
借景を活かした2世帯の住まい
施主
N邸
所在地
埼玉県さいたま市
家族構成
夫婦+子ども
敷地面積
132.14㎡
延床面積
131.67㎡