「独創的で五感が満足する住まいにしたい」。そんなオーダーに応えて建てられたのが、北海道・胆振の穏やかな湾を望むG邸だ。設計者である赤坂真一郎さんがプランニングしたのは、収納や水回り、個室などを複数の「箱」に見立て、広い敷地に点在させた唯一無二の住まい。「間取りよりもお施主さまのライフスタイルを大切にしたい」。そう語る赤坂さんの、こだわりが詰まった家づくりについてお話を伺った。
どんな「時間」を過ごしたいのか
ヒアリングを重ねてプランニング
数年前に北海道・苫小牧市内で建設会社の社屋を設計した赤坂さん。その建物を見学した近隣の建設会社から、「規模が大きな住まいの設計を依頼できる建築家を探しているお客さまがいる」という相談があったことから、今回のプロジェクトは始まった。
お施主さまであるG様は、海外のご出身。北海道で不動産業を営み、海外から訪れる人々の住宅や別荘にも関わってきた。もともと胆振地方にある広い土地と庭を購入し、敷地内に建つ古い住宅に住んでいたG様。胆振を選んだ理由のひとつが、敷地から見える風景だったという。丘の中腹にある敷地からは、木々の間に内浦湾の穏やかな海が見える。その景色が、生まれ故郷と似ていたのだ。
しかし、既存の建物は断熱が弱く、冬になると暖房費がかさむ。そのため建て替えを決め、赤坂さんに新たな家づくりを依頼することに。G様から伝えられた要望は「快適で独創的で、五感が満足できる家」。和室や仕事をするためのスペースなど、必要な場所についての希望はあったものの、間取りについての細かな指定はほぼなかったという。
一方の赤坂さんが住宅設計で大切にしているのも、間取りではない。「最初に細かくヒアリングはしますが、あまり間取りが想像できるような質問はしないようにしています」と話す。
例えば、一日の中で好きな時間帯や、どのような環境で育ったのか。時には、乗っている車について尋ねることもある。そこから、家族構成だけでは分からない、その人が生活の中で何を大切にしているのかが見えてくることがあるからだ。
「子どもが一人でも大型車に乗っている人には、家族や仲間との時間を大切にする理由があるかもしれない。車の選び方や日常の過ごし方から、その人らしい価値観が垣間見えます。何畳の部屋が何室ほしいですか、と聞いてしまうと、それが前提になってしまう。何を大切にして、どんな時間を過ごしたいのか。そこから空間を考えるようにしています」。
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庭側から見たG邸外観。大きな開口部の奥にはリビングがあり、室内から手入れの行き届いた庭と内浦湾を眺めることができる
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敷地の前には公園があり、その先に街並み、内浦湾と続く。グラデーションのように連なる景色が美しい
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カラマツを木酢液に漬け込み、対候性と風合いを出した「木の箱」と、グレーの「左官の箱」、2種類の素材の箱をバラバラに配置。それらを大きな屋根が統合している。お施主さまの要望で雪が落ちるよう屋根には傾斜をつけた
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天井高約7mの開放的なリビング。大きな開口からは内浦湾の景色を楽しむことができる。箱の存在をはっきりさせるため、吹き抜けに飛び出る2階の床部分は丸みを持たせたシルエットとした
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リビング。2段になっている開口部にはそれぞれ庇が設けられており、夏は強い日差り、冬は日射が部屋の奥まで届くよう工夫されている
各々の居住空間を「箱」に見立て
敷地に点在させたプランを提案
赤坂さんが敷地を訪れたとき、特に印象に残ったのが、以前から大切に手入れされていた庭だ。整えられた樹木の間から、その先に穏やかな海が見える。その風景が、今回の住宅のコンセプトを生み出す大きなきっかけとなった。
一般的な住宅のように、すべての部屋をひとつの建物の中にコンパクトにまとめるのではなく、寝室や浴室など、それぞれの機能を持つ空間を独立した「箱」として配置。その間を通路や余白のような空間でつないだ。
部屋と部屋の間に余白を設けることは、一般的な住宅では面積やコストの面から難しい。しかし、今回は広い敷地があったこと、お施主さまも独創的な住まいを求めていたこともあり、このプランが成立したのだという。
「複数の箱を点在させるプランは、プライバシーの確保にもつながっています」と語る赤坂さん。お施主さまはご夫婦と4人のお子さんの6人家族。現在は2人の子どもたちが独立しているが、帰省することもある。また、海外からの友人を招き、庭や家の中でパーティーを楽しむ機会も多い。
そこで、全員がひとつの場所に集まる住宅ではなく、それぞれが好きな場所で過ごしながら、お互いの気配を感じられる空間を提案。同じ家にいても、それぞれが違うことをしている。そんな自由さがある建物が完成した。
赤坂さんは、部屋単体のデザインだけでなく、空間と空間の切り替えも大切にしている。大きく開放的なリビングから、少し天井の低い空間を通って和室へ向かう。和室の手前では床を一段上げ、あえて天井を低く設定した。高さの変化によって、広がりのある空間から、落ち着いた和の空間へと気持ちが切り替わる。
そして、空間同士をつなぐのが動線空間だ。複数ある通路にはお施主さまが所有するアートが飾られており、まるで庭を散策するように自由に道を選び、箱と箱の間の余白を楽しむことができるよう工夫されている。
トリプルガラスや窓の庇で
北海道の冬の寒さにも配慮
当初は、それぞれの箱に異なる屋根を設け、小さな建物が集まった「村」のような外観も検討した。
しかし、北海道の住宅には、雪への配慮が欠かせない。屋根の数や向きが増えると、北海道特有の問題も増えてしまうのだ。
北海道では、屋根に積もった雪が溶け、その先端が再び凍って水の流れをせき止める「すが漏り」が起こることがある。
そのため、最終的には、複数の箱を大きな屋根でひとつにまとめることにした。
また、海の景色を楽しむためには開口部を大きくしたいが、海風が当たる大きな開口部は室内の熱を逃がしてしまう。そのため、G邸では高性能のトリプルガラスを採用。熱効率を確保しつつ、部屋の中から内浦湾を眺められるように工夫。さらに1,2階の窓の間に庇を設けることで、日射をコントロールできるようにしたという。
さらに、北海道の冬を楽しむために、リビングには薪ストーブを設置した。
実はメインの暖房としては床暖房が設置されており、薪ストーブがなくても生活することはできる。
それでも、あえて薪ストーブを設けたのは、暖を取るだけではない楽しみがあるからだ。
薪をくべる。火を眺める。木が燃える香りを楽しむ。そんな五感で楽しむ時間も住まいに取り入れた。
この土地ならではの素材を取り入れたのも、赤坂さんのこだわりの一つ。外壁と室内の一部には、地元・噴火湾の特産でもあるホタテの貝殻を混ぜ込んだ左官材が使用されている。
「噴火湾といえばホタテですから。せっかくこの地域に建てるのであれば、地域らしい素材も使いたいと思いました」
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セカンドリビングへと続く通路。右は「木の箱」、左は「左官の箱」となっている
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「左官の箱(階段室)」の中から見た景色。天井には天窓を設置して採光を確保。開閉して換気をすることもできる
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グレーと木材の組み合わせがモダンな階段空間。通路によってさまざまな景色を楽しむことができるのもG邸の特徴の一つ
コミュニケーションを重ねて得た信頼関係
次なるプロジェクトも始動
通常は、過去の作品をウェブサイトや雑誌などで見て、赤坂さんの建築に共感したうえで依頼するお施主さまが多いなか、今回は、紹介を通じて始まったプロジェクトだった。そのため、「最初はお互いのイメージを共有するのに難しさもありました」と、赤坂さんは振り返る。
設計図だけでは、完成後の空間を十分に想像することは難しい。
プランやコストについて調整を重ねるなかで、コミュニケーションがうまくかみ合わないと感じる時期もあったという。
しかし、丁寧にコミュニケーションを重ねていったという赤坂さん。建物が実際に立ち上がってくると、状況も次第に変化していったという。
「住まい手自身の想像を超えるものを提案することも、建築家の役割だと思っています」と語る赤坂さん。お施主さまも完成した建物に大いに満足されたそうで、赤坂さんはニセコで展開する別のプロジェクトについても相談を受けているという。
お互い意見を交わすなかで築かれた信頼関係は、まだその先へと繋がっているようだ。
撮影:酒井広司