改築・リフォームに続く第三の選択肢、増築
歴史をつなぎ、暮らしをアップデートする新提案

三重県にある歯科医院。約40年前に建てられた建物は堂々とした佇まいで、地域のシンボルとなっていた。一方で時代が変わり、バリアフリー化や資料の収納量を増やす必要が出てきた。診察を続けつつこの課題を解決するために取られた手法が、“増築”だ。工期や予算を満たし、環境に優しいそのメリットをご紹介しよう。

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診察をしながら工事を行い、床面積も増やす
工期と予算の両面で最適な選択肢、“増築”

今回ご紹介する増築プロジェクトは、最初から増築を前提としたものではなかった。

お施主様の希望は、院長の代替わりをきっかけとしたイメージの刷新と機能のアップデート。

主な具体的要望は、
・バリアフリー(スロープ・トイレ・自動ドアなど)
・キッズエリア、子ども連れ用個室診察を新設
・診察資料や模型などの置き場所を増やしたい
というものだった。

しかし最大の課題は、診察をしながら工事をしてほしいという要望だったという。

この作品を手がけたのは、葛島隆之建築設計事務所の葛島さん。葛島さんは様々な角度から工法やプランを検討した。

診察台が並ぶ場所は、診察時間内に工事をすることができない。資料などを保管する場所を広げるため、床面積を増やす必要がある。こうした要望の数々をすべて同時に解決するためには、増築という手段を取るのが最適だと判断した。

プランは、工事のスケジュールと増築場所の選定を総合的に判断しながら検討された。

工期は大きく2つに分けることとなった。

まず、診察を続けながら増築部の工事を実施する。その後、大型連休の期間を利用して、既存部分のリフォームを行う。リフォームの内容は、大型連休の期間で終わるものとするため、綿密な計画を立てる必要があった。

増築場所の選定も、慎重に進められた。理想的な増築場所を選ぶだけでなく、工事中に患者様や従業員の動きを妨げない位置にする必要があったからだ。たとえば患者様用の駐車場がある場所は、診察をしているので増築場所とすることができない。

こうして診察をしながら増築工事ができる場所が決まった。

想像していただきたい。理想のプランを追求すれば、建て替えという選択もいいだろう。しかしそれでは、長い休診期間が必要となる。しかもコストは、比較にならないほど高くなる。増築は、これらを克服することができるのだ。

葛島さんは、増築のメリットをもっと広めていきたいと考えている。

「建物の建て替えは、予算・工期・環境などの負荷が高くなります。敷地に余裕があれば、既存の建物をストックとして活用していくのが、これからの時代の建築のあり方のひとつだと思います」と語ってくれた。
  • 上空から。増築部は写真手前の細長い部分。既存部は駐車場も含めてほとんど変更していない。増築部は最低限の規模で、最大の効果を求めた。診察を続けながら増築工事をし、連休中に既存部のリフォームを実施。スケジュールやコスト面でも考えつくされたプランであることがわかる

    上空から。増築部は写真手前の細長い部分。既存部は駐車場も含めてほとんど変更していない。増築部は最低限の規模で、最大の効果を求めた。診察を続けながら増築工事をし、連休中に既存部のリフォームを実施。スケジュールやコスト面でも考えつくされたプランであることがわかる

  • 道路と敷地の形状にあわせ、自然な形で配置された増築部。曲線や勾配がある近隣道路の特徴を、そのまま取り込んだ。無理やり造形しているわけではない。写真右奥には新設したスロープが見える。駐車場後ろのスペースを有効活用し、駐車台数を減らしていない点に工夫の跡が見られる

    道路と敷地の形状にあわせ、自然な形で配置された増築部。曲線や勾配がある近隣道路の特徴を、そのまま取り込んだ。無理やり造形しているわけではない。写真右奥には新設したスロープが見える。駐車場後ろのスペースを有効活用し、駐車台数を減らしていない点に工夫の跡が見られる

  • 側面に配されたガラスの曲面が美しい。増築部の内壁や階段、待合室部分もよく見え、室内外が一体化している

    側面に配されたガラスの曲面が美しい。増築部の内壁や階段、待合室部分もよく見え、室内外が一体化している

  • 増築部は入り口側に受付カウンター、ガラス側に待合室の椅子、奥にキッズスペースが配置されている

    増築部は入り口側に受付カウンター、ガラス側に待合室の椅子、奥にキッズスペースが配置されている

  • 造作の本棚。背板をあえて作らず、奥にビシャン仕上げの壁が見えるように設計された。色は既存建物に使用されていた濃い茶色に合わせ、時代の連続性を表現。もちろん幅広の階段にぴったり合うサイズとなっている

    造作の本棚。背板をあえて作らず、奥にビシャン仕上げの壁が見えるように設計された。色は既存建物に使用されていた濃い茶色に合わせ、時代の連続性を表現。もちろん幅広の階段にぴったり合うサイズとなっている

歴史を引き継ぎ、周辺環境との連続性も保持
工期や予算だけではない、“増築”のメリット

前章で増築の工期や予算面での利点を紹介したが、メリットはそれだけにとどまらない。増築により、新築では実現することができない付加価値を生みだすことができるのだ。

たとえば、既存の建物部分が持つ歴史や周辺環境とのつながりを活かしたまま、新たな機能を追加することができる。いくつか例をあげてご説明しよう。

この作品では、既存部分の東側に細長い増築部を新設した。これまでの外壁は増築部内側の壁となる。そこでこのRC壁の表面を削り、ビシャン仕上げという内部を露わにする仕上げ方法を採用した。既存の外壁を活用することで、この地に40年間根付いてきたクリニックの時間=歴史を引き継ぎたかったからだ。

また、増築部の外壁は全面ガラスとした。ビシャン仕上げの壁が外からよく見えることで地域とのつながりを感じられ、新しい時代の変化も感じられるからだ。

たとえばこの2点だけでも、40年間の時間と長く緩やかにつながる周辺環境に挟まれた内部空間が生まれる。新しく建てられた場所だが、どこか昔からのつながりを感じる。そのような空間を作ることができるのだ。
  • 新しく作られた個室診察室。以前は他の診察台と同じくオープンな場所だったが、壁と建具を加えて個室化した。連休中のみの工事となったため、スケジュールとコストを考えて生まれたアイデアだ

    新しく作られた個室診察室。以前は他の診察台と同じくオープンな場所だったが、壁と建具を加えて個室化した。連休中のみの工事となったため、スケジュールとコストを考えて生まれたアイデアだ

  • 診察台の位置は変更せず、床・壁・天井の表面を新しくした。これもスケジュールとコストを考えての計画。既存建物内の内装は、増築した新しいエリアと調和するものとなっている

    診察台の位置は変更せず、床・壁・天井の表面を新しくした。これもスケジュールとコストを考えての計画。既存建物内の内装は、増築した新しいエリアと調和するものとなっている

  • 新たに作られたトレーニングブース。小さな子どもでも歯磨きの練習などができるよう、高さを低くしたエリアもある。テーブルは、もちろん最適な高さを計算した造作だ

    新たに作られたトレーニングブース。小さな子どもでも歯磨きの練習などができるよう、高さを低くしたエリアもある。テーブルは、もちろん最適な高さを計算した造作だ

バリアフリー対応、キッズエリア、保管場所
動線と快適さにこだわった、増築プラン

こうして誕生した本作品のプランの一部をご紹介しよう。

まずはバリアフリーから。もっとも頭を悩ませたのは、長い距離を必要とするスロープの位置決めだった。様々な場所を検討した結果、入り口の場所を変更し、増築部分に移転。駐車場の後ろにできた長いスペースを活用することで、緩やかな傾斜のスロープを設置することができた。

子どもの診察を増やすために新設したのが、増築部分の一番奥に設けられたキッズスペースと、個室の診察室だ。キッズスペースは少しづつ階段状に登っていく最奥にあるので、天井高が少し低くなっている。まるで隠れ家のような雰囲気で、子どもたちに人気だという。個室の診察室には、子どもの緊張を和らげるホスピタルアートが描かれている。親が診察を受けている間、子どもが遊ぶことができるスペースも個室内に設けられた。

待合室は増築部に移し、緩やかな階段の幅にあわせた椅子を配置。受付の前は人の往来が多くなるので座面の奥行きを短くし、通路幅を大きく取るなどの工夫がなされている。

受付エリアは待合室を外に出したことで広くなり、溢れかえっていた資料は綺麗に収納することが可能に。既存建物の窓を取って受付の窓としたため、患者様のスムーズな動線を確保することもできた。

こうした改修の結果、患者様も従業員も快適に過ごすことができる院内が生まれ、みな喜んでいるそうだ。

改修部分は多岐にわたり、各所にこだわりが詰まっている。詳細はぜひ、写真の説明文をご参照いただきたい。
  • 待合室から診察エリアの出入り口は、車椅子も楽に通れる広さを確保。引き戸ができる限り大きく開くように、オリジナルの取手を考案した。一般的な取手だと完全に開けられないが、この取手だとほぼ完全に開くことができる。病院らしさを排除する、デザイン面での狙いもあった

    待合室から診察エリアの出入り口は、車椅子も楽に通れる広さを確保。引き戸ができる限り大きく開くように、オリジナルの取手を考案した。一般的な取手だと完全に開けられないが、この取手だとほぼ完全に開くことができる。病院らしさを排除する、デザイン面での狙いもあった

  • 緩やかなスロープや増築部の緩やかな段差とあわせ、入り口の階段部もかなり緩やかなものとした。外と中の連続性を持たせた意匠だ。歩行する際の安定性や安心感、緩やかな表情を入り口に持たせる意図もある

    緩やかなスロープや増築部の緩やかな段差とあわせ、入り口の階段部もかなり緩やかなものとした。外と中の連続性を持たせた意匠だ。歩行する際の安定性や安心感、緩やかな表情を入り口に持たせる意図もある

  • 外観。敷地の角まで増築部があるため、受け壁もガラスとした。写真左の道から来た車が写真右側へ左折する際、人や車の交通状況がわかるようにと配慮した結果だ。全面ガラスの側面との連続性をあわせ持つ、違和感のないデザインとなっている

    外観。敷地の角まで増築部があるため、受け壁もガラスとした。写真左の道から来た車が写真右側へ左折する際、人や車の交通状況がわかるようにと配慮した結果だ。全面ガラスの側面との連続性をあわせ持つ、違和感のないデザインとなっている

  • 既存建物の窓を取り外し、受付のカウンターとして活用。ちょうど良い高さと幅を確保できた。以前は外にあふれ出していた多くの書類を、すべて受付内のエリアに収納することができるようになった

    既存建物の窓を取り外し、受付のカウンターとして活用。ちょうど良い高さと幅を確保できた。以前は外にあふれ出していた多くの書類を、すべて受付内のエリアに収納することができるようになった

建物を単独で考えるのではなく、
周辺地域との共生を同時に考える

この作品は増築の新しい部分と、リフォームを行った既存部分で成り立っている。

ここで注目したいのは、古い場所と新しい場所のつながりや、建物と周辺地域のつながり、外と内のつながりや、古い場所が持つ歴史のつながりを大切にしていることだ。

葛島さんは設計の際、常に周辺環境の成り立ちや歴史について考え、調和することを意識しているそうだ。たしかにこの作品も、周辺地域や道路の持つ特徴を大切にし、調和させることを意識している。

これは医院と住宅の違いがあっても、本質的には同じだと言える。増築という部分的な改修でも様々なつながりをこれだけ意識しているということは、新築であればさらに強く意識するのだろう。

周辺地域と共生し、長い期間を地域とともに過ごすことができる住宅は、派手ではないがとても暮らしやすいものとなることは間違いない。

土地に余裕がある方は、工期やコストの利点がある増築を選択肢のひとつとして検討してみてはいかがだろうか。また、周辺環境に馴染み、その建物が持つ歴史を活かした家を建てて暮らしたい方も、いちど話を聞いてみることをお勧めする。



撮影者:葛島隆之建築設計事務所
  • 一番奥のキッズスペースから見た入り口方向。既存建物の白い外壁塗料をはがし、ビシャン仕上げとしたことがよくわかる。一番高い位置で天井が少し低く、隠れ家のような雰囲気があり、子どもたちに人気があるそうだ

    一番奥のキッズスペースから見た入り口方向。既存建物の白い外壁塗料をはがし、ビシャン仕上げとしたことがよくわかる。一番高い位置で天井が少し低く、隠れ家のような雰囲気があり、子どもたちに人気があるそうだ

  • 階段の幅にサイズを合わせてセレクトした椅子。内部のビシャン仕上げの壁が外からよく見えるように、できるだけ背もたれや下部も見通せるものを選んだ。受付前は人が滞留することもあるので座面を短くし、通路幅を広く取る気遣いもなされている

    階段の幅にサイズを合わせてセレクトした椅子。内部のビシャン仕上げの壁が外からよく見えるように、できるだけ背もたれや下部も見通せるものを選んだ。受付前は人が滞留することもあるので座面を短くし、通路幅を広く取る気遣いもなされている

  • トイレ前の洗面所。子どもが使いやすい高さの洗面ボウルを用意した。かわいい雲形の鏡が人気だという

    トイレ前の洗面所。子どもが使いやすい高さの洗面ボウルを用意した。かわいい雲形の鏡が人気だという

構造:鉄骨造(増築部) / RC造(既存部)
間取:待合室+キッズルーム(増築部) / 診察室+カウンセリングルーム+受付+トイレ(既存部)

間取り図

  • 平面図

基本データ

作品名
Clinic O
所在地
三重県員弁郡
敷地面積
446.27㎡
延床面積
397.14㎡ 増築部:47.01㎡