「変わった感じが良い、でも変なのは嫌」
キノコ型が叶えた、三方良しの家づくり

「変わった感じが良い、でも変なのは嫌」施主のその言葉を受け止めた建築家・長尾英樹さんが導き出したのは、白い軸の上にグレーの傘が乗る「キノコ型」の住まいだった。奇抜に見えるフォルムの根っこには、対話で掴んだ家族の本音と、構造・性能・使い勝手を一体で考え抜く設計哲学がある。施主良し、建築家良し、世間良し。岐阜・各務原に、三方良しの家づくりが結実した。

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使い勝手と性能を土台に、対話から生まれた
「キノコ型」という名の、機能美の結晶

名古屋市中心部まで車や電車で30分圏内。良好なアクセスをもちながら、瑞々しい自然を身近に感じる岐阜県各務原市。河岸段丘の西端、遠く伊吹山までを見渡せる贅沢なロケーションの住宅街に「キノコ型の家」がある。

施主のHさんは、隣地に築50年を超える実家があり、耐震補強をして住み続けるか、それとも建て替えるべきか頭を悩ませていた。実家に住むお父様との同居をどうするかなど、家族の未来を巡る条件は複雑に入り組んでいたという。

結果として建て替えを選択し、本格的な家づくりがスタート。建築家探しを主導したのは奥様だった。近くのエリアに「面白い建築をつくる人がいる」とコンタクトを取ったのが、地元各務原を拠点に活動するMeet‘s設計工房の長尾さんだった。

長尾さんの手掛ける建築は、住宅に留まらず、商業分野、公共施設など多岐に渡る。そしてそのどれもが、確かな性能や使い勝手を大前提としながらも、どこかに独特のフォルムをもたせる遊び心が散りばめられている。長尾さん自身、「どこかに『面白いね!』と言われるような特徴を織り込みたい。それが自分自身にとっても設計の楽しさであり、お施主様にも一番喜んでもらえるんです」と語る。

Hさんご夫妻、特に奥様が求めたのも、まさにその「他にはない個性」だった。「変わった感じが良い、でも変なのは嫌」そんな、一見すると矛盾する、けれど本音が詰まったリクエストが長尾さんに託された。

施主の想いを受け止めるため、長尾さんが何より重視するのがヒアリングだ。しかし、長尾さんのヒアリングは、一般的な、何畳の部屋をいくつといった仕様を決めるものではない。家族の願いを聞く「対話の旅」だ。

「最初から部屋数や間取りの話はしません。1回目の打ち合わせで、掴みにいくのは『このご家族が本当に叶えたい暮らしの芯』です」と長尾さんは語る。

打ち合わせの席、長尾さんは施主が口にする要望の内容だけでなく、そのときの表情、声のトーン、ボリュームの微妙な変化までを五感で感じ取る。そうして言葉の奥にある「要望の深度」を探っていくと、お客様自身すら気づいていなかった本当の願いがあぶり出されていくのだという。

Hさんご夫妻との対話を重ねる中で見えてきたのは、暮らしを彩る多面的な趣味の存在だった。ご主人の無類のクラシック音楽への情熱。部屋を埋め尽くす数百枚ものCD。また奥様が趣味として最近弾き始めたというベースを気兼ねなく鳴らせる防音性。さらに夜空を仰ぎたいという天体観測への願い。

奥様や娘さんも音楽を嗜み、キッチンには「キッチンハウス」のオーダーキッチンを組み入れたいというこだわりもあった。

これらの要望、使い勝手、暮らしやすさを満たしながらも「面白さ」をもった建築を長尾さんは形にしていった。

長尾さんのプランの発想はフォルムありきではない。こんな形にしたいからと無理やりそこに必要な要素を詰め込むのではない。逆にすべてのゾーニングが終わってから仕上げとして装飾を付け足すのでもない。
  • 白い軸の上に、グレーの傘がのった「キノコ型」のH邸。1階の壁は長尺のサイディングに塗装し漆喰のような風合いを持たせた。2-3階の壁と屋根は、ガルバリウム鋼板を採用。

    白い軸の上に、グレーの傘がのった「キノコ型」のH邸。1階の壁は長尺のサイディングに塗装し漆喰のような風合いを持たせた。2-3階の壁と屋根は、ガルバリウム鋼板を採用。

  • 西面の様子。2階はサンルームに大きく陽が差し込むよう一部をカットした。3階バルコニーは、雨をしのぎながらも、外の雰囲気を満喫できる。

    西面の様子。2階はサンルームに大きく陽が差し込むよう一部をカットした。3階バルコニーは、雨をしのぎながらも、外の雰囲気を満喫できる。

  • 各務原産の石を詰め込んだ砕石擁壁。コンクリート壁のような圧迫感を排除しつつ外部からの視線を絶妙にカットし、吹き抜ける心地よい風だけを敷地内へと受け入れる設計。

    各務原産の石を詰め込んだ砕石擁壁。コンクリート壁のような圧迫感を排除しつつ外部からの視線を絶妙にカットし、吹き抜ける心地よい風だけを敷地内へと受け入れる設計。

  • 北面下部の2つの窓は、外壁に沿ったFIX窓。室内光を取り込むため、吹き抜けのような空間を設けるなど、長尾さんの細やかな工夫が。

    北面下部の2つの窓は、外壁に沿ったFIX窓。室内光を取り込むため、吹き抜けのような空間を設けるなど、長尾さんの細やかな工夫が。

  • きのこの傘がもたらす1.5mもの深い軒は、雨にぬれずに玄関まで導く。米松のピーラーで設えた扉が、上質さを演出。

    きのこの傘がもたらす1.5mもの深い軒は、雨にぬれずに玄関まで導く。米松のピーラーで設えた扉が、上質さを演出。

  • 珪藻土の土壁、米松の天井、ブルーグレーの床タイルが料亭のような静謐で気品ある玄関を生んだ。スプーンカットされたブラックチェリーの無垢材の床が、一歩踏みしめるたびに足裏に心地よい刺激を与えてくれる。階段には、愛猫の飛び出しを防ぐ格子戸も。

    珪藻土の土壁、米松の天井、ブルーグレーの床タイルが料亭のような静謐で気品ある玄関を生んだ。スプーンカットされたブラックチェリーの無垢材の床が、一歩踏みしめるたびに足裏に心地よい刺激を与えてくれる。階段には、愛猫の飛び出しを防ぐ格子戸も。

落ち着いた雰囲気の和室には、仏壇や神棚のスペースを確保

Hさんの趣味室は、音楽を存分に楽しめるよう防音仕様に。壁には数百枚のCDのコレクションを収納できるラックを設置。

防音室、サンルーム、星空への特等席
三層に重なる、家族それぞれの居場所

各務原の地に完成したH邸を訪ねると、誰もがその佇まいに目を奪われる。白い軸の上に気品あるグレーの傘がふわりと乗ったような、実に愛らしいフォルム。近隣の人々から親しみを込めて「キノコの家」と呼ばれるのも自然なことだろう。

しかし、一歩近づけば、それが単なるキャラクター的な造形ではないことに気づかされる。軸となる1階の外壁は、長尺のサイディングに風雨に強く汚れにくい水性塗料を重ねることで、まるで本物の漆喰壁のような深く温かみのある風合いを纏わせた。一方で、屋根と2階・3階の壁面を滑らかに一体化させる大きな「傘」の部分には、シャープなガルバリウム鋼板を採用。異素材のコントラストが、フォルムの個性をいっそう引き締めている。

道路との境界には、各務原産の石を詰め込んだ砕石擁壁が続く。コンクリート壁のような圧迫感を排除しつつ外部からの視線を絶妙にカットし、吹き抜ける心地よい風だけを敷地内へと受け入れる設計だ。

1.5メートルもの深い庇(ひさし)がもたらす豊かな陰影の下をくぐり、米松のピーラー材で設えられた上質な玄関扉を開く。そこに広がるのは、まるで高級料亭に足を踏み入れたかのような、静謐で気品に満ちた和のエントランスだ。

珪藻土の柔らかな土壁と米松の天井が、ブルーグレーの美しい床タイルと響き合い、足元にはブラックチェリーの無垢材に職人が「スプーンカット」の凹凸を施した味わい深いたたきが広がる。一歩踏みしめるたびに足裏から伝わる木の温もりと陰影の美しさが、住まい手を優しく迎え入れる。

1階には、家族のプライベートな寝室や和室とともに、ご主人のための特別な趣味室が配置された。クラシック音楽を深く愛するご主人のため、この部屋は防音仕様となっている。壁一面には、数百枚に及ぶ膨大なCDコレクションが整然と収まるよう専用の本棚が造り付けられ、周囲に気兼ねなく音楽に没頭できる至福の隠れ家となった。

階段を上り、2階へと歩みを進める。LDKへと続く東西の廊下には、長尾さんの繊細な仕掛けが施されていた。あえて壁の一部に柔らかなR曲線をつけることで、視覚的な奥行きと長さを演出。扉を開けるその瞬間へのわくわく感を、空間の妙によって高めているのだ。

また、リビングへ進む扉の足元には、愛猫が自由に、かつ安全に行き来できるよう専用のペットドアも設置。家族の一員である猫との快適な共生への配慮も、間取りの中にしっかりと息づいている。

扉の先に現れるLDKは、合わせて25帖を超える圧倒的な大空間だ。
ダイナミックに組まれた構造材現しの高い天井、視界を大きく切り取る開口部、そしてまるで祭壇のような厳かな佇まいを見せる飾り棚。そこは単なるリビングやダイニングという枠組みを超え、光と開放感に満たされた極上の「ホール」のような広がりを見せる。

リビングの西側の壁面には、この大空間の主役にふさわしい、圧倒的な存在感を放つ高級感あふれる石のタイルが施されていた。土壁のような奥深い表情と、手作りならではの豊かな陰影をもつ壁画のような意匠だ。「美術館や商業施設などで採用されることの多い、ベイスさんの素敵なタイルを使わせていただくことができました」と長尾さんが語るように、このタイルの質感が、空間全体の格調を美術館のような気高さへと引き上げている。
  • 2階の廊下は、一部にR曲線をつけ、視覚的な奥行きとわくわく感を演出。リビングの扉には、愛猫が自由に、かつ安全に行き来できるよう専用のペットドアも設置。家族の一員である猫との快適な共生への配慮。

    2階の廊下は、一部にR曲線をつけ、視覚的な奥行きとわくわく感を演出。リビングの扉には、愛猫が自由に、かつ安全に行き来できるよう専用のペットドアも設置。家族の一員である猫との快適な共生への配慮。

  • LDK全体で25畳を超える大空間。現しの天井、大きな開口により、面積以上の広がりを感じさせる。窓下には、外壁の傾斜を利用した収納も。

    LDK全体で25畳を超える大空間。現しの天井、大きな開口により、面積以上の広がりを感じさせる。窓下には、外壁の傾斜を利用した収納も。

  • リビングの西側の壁面には、高級感あふれるこの地方のオリジナルタイル(ベイス)を。タイルの質感が、空間全体の格調を美術館のような気高さへと引き上げている。

    リビングの西側の壁面には、高級感あふれるこの地方のオリジナルタイル(ベイス)を。タイルの質感が、空間全体の格調を美術館のような気高さへと引き上げている。

  • 奥様が使い勝手を徹底的にこだわり抜いたキッチンは、「キッチンハウス」へのオーダー。「どこに何があれば、一番無駄なく美しく動けるか」を奥様自身の目線で計算し尽くした、動線が具現化されている。

    奥様が使い勝手を徹底的にこだわり抜いたキッチンは、「キッチンハウス」へのオーダー。「どこに何があれば、一番無駄なく美しく動けるか」を奥様自身の目線で計算し尽くした、動線が具現化されている。

  • 天候を気にせず洗濯物を乾かす家事の味方のサンルーム。断熱材を入れることで、ここがバッファゾーン(空気層と空間)となり、夏は外からの遮熱、冬はリビングの熱の損失を防ぐ。

    天候を気にせず洗濯物を乾かす家事の味方のサンルーム。断熱材を入れることで、ここがバッファゾーン(空気層と空間)となり、夏は外からの遮熱、冬はリビングの熱の損失を防ぐ。

  • ホテルライクな洗面所。1階と2階をつなぐ外の吹き抜けを巧みに利用。採光と通風を確保した。

    ホテルライクな洗面所。1階と2階をつなぐ外の吹き抜けを巧みに利用。採光と通風を確保した。

3階は主にお子さんたちのスペース。本に親しめるよう、大きな本棚と読書コーナーを設置。共用の収納スペースは、大容量で部屋の広さを圧迫しない。

読書コーナーの窓からは、晴れた日には伊吹山も見えるという。

2つ並ぶ子供部屋には、それぞれ好みのカラーのアクセントウォールを。壁のニッチは、本棚のスペースを有効活用するなど、長尾さんのアイデアが光る。

子供部屋の外に広がるバルコニー。光や風を取り込みながら、外からの視線を完全に遮断。、個室の延長として寛げる、贅沢なアウタールームだ。

屋根の一部をくりぬくことで、バルコニーからはしごをかけ屋上へ。ご主人の永年の夢だった「天体観測」を心ゆくまで楽しめる、星空への特等席だ。

基本データ

作品名
音楽と星空の家
施主
Hさん
所在地
岐阜県各務原市
家族構成
夫婦+子供2人
敷地面積
211.76㎡
延床面積
225.73㎡
予 算
5000万円台