鋭角のコーナー越しに堪能する郊外の風景
定年後も仕事に打ち込める防音完備の住まい

半導体の研究者であるお施主さまのご希望は、部屋の隅が透けたすっきり美しい部屋と、研究を継続するための防音・防振設備の整ったラボ。建築家の木島さんは、鋭角に惹かれるお施主さまに、多角形で面積以上の広がりを感じられる空間を提案した。直角の少ない室内からの眺望の豊かさには、誰もが驚くことだろう。
(メイン画像:木島千嘉建築設計事務所 提供)

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よりよい家づくりは、敷地選びから。
鋭角の生む余白がもたらす豊かな暮らし

定年を控えたお施主さまから、プライベートでも研究を続けられる住まいを建てたいと相談を受けた一級建築士事務所 木島千嘉建築設計事務所の木島千嘉さん。研究者であるお施主さまが使う実験機器は時に音や振動を発生させてしまうため、防音などの整った設備環境が求められた。木島さんは研究施設や音楽家の家などを手がけてきた経験から、機能性とデザイン性を両立させた設計を得意としており、お施主さまもその実績と、多面体の幾何学的な実例が特に気に入り、依頼をされたという。

首都圏のマンションにお住まいだったものの、研究活動の利便性からつくばエクスプレス沿線を希望され、またせっかく引っ越すのなら郊外らしい雰囲気が味わえる場所を、と計画は土地探しから始まった。木島さんは売地情報を当たり、お施主さまの希望の床面積が確保できそうな敷地候補をピックアップ。広さも坪単価もバラバラで総数は16にも及んだという。交通の利便性、法的規制の他、それぞれの地歴、周辺環境の将来展望などを比較資料にまとめ、土地の選定をサポートしたそうだ。

近年、ハザードマップの認知度は上がってきているものの、それ以外にも工事のしやすさや将来周辺環境が変わる可能性など、予想外の部分に手間や費用が必要になることも。逆に一般的な評価の低い土地でも、設計の工夫次第でいい家は建てられる。大きな買い物になるからこそ、土地購入前にプロの目で見極めてもらえるのはありがたい。「比較を通じてお施主さまの優先順位などの理解を深め、価値観を共有できるメリットもあります」と木島さんは語り、設計依頼が約束されたものなら、土地探しから協力するとのこと。

選ばれたのは利便性と郊外らしい自然環境を兼ね備えた、桜並木と緑地公園に面する長方形の土地。「鋭角であれば部屋の隅に家具を詰め込まず、空間に余白が生まれる。その余白こそが生活にゆとりを生み出し、暮らしやすい家になる」というお施主さまの持論をきっかけとし、直角ではなく鋭角を基本とする計画が導かれ、1・2階はRC造、3階は木造という混構造、三角形と台形が組み合わさった独特の外形の住宅が生まれた。

一見すると使いにくそうな鋭角の空間は、日常生活と研究活動の双方に多くの利点をもたらしているとのこと。その空間構成が生み出す豊かな住環境の魅力を紐解いてみよう。
  • 道路側から見た南西外観。この区画だけ長らく農地だった為、家が建つことで生まれる圧迫感を最小限に抑えるよう周囲の隣家との距離や対峙する壁面の大きさを調整した。正面は鋭角にセットバックすることで両隣の家の植栽が自然に連続している
画像:木島千嘉建築設計事務所 提供

    道路側から見た南西外観。この区画だけ長らく農地だった為、家が建つことで生まれる圧迫感を最小限に抑えるよう周囲の隣家との距離や対峙する壁面の大きさを調整した。正面は鋭角にセットバックすることで両隣の家の植栽が自然に連続している
    画像:木島千嘉建築設計事務所 提供

  • 庭側から見た北東外観。ラボ2は、二面をガラス張りとし開放的、かつコンパクトな平屋とすることで周囲への圧迫感を回避した。道路からは右のポーチ越しにアプローチする。大きな機器は掃き出し窓から直接搬出入が可能

    庭側から見た北東外観。ラボ2は、二面をガラス張りとし開放的、かつコンパクトな平屋とすることで周囲への圧迫感を回避した。道路からは右のポーチ越しにアプローチする。大きな機器は掃き出し窓から直接搬出入が可能

  • 1階ラボ2。周辺隣家と距離を取りつつ、鉄骨柱で鉄筋コンクリートスラブを支持させ、庭と一体化する開放的な空間を獲得。天井の吸音材や遮音カーテンにより軽微な防音・防振性を備えている

    1階ラボ2。周辺隣家と距離を取りつつ、鉄骨柱で鉄筋コンクリートスラブを支持させ、庭と一体化する開放的な空間を獲得。天井の吸音材や遮音カーテンにより軽微な防音・防振性を備えている

  • 1階ラボ1。コンクリートの床壁天井に、遮音材、躯体とゴムで絶縁した仕上げを組み合わせ、防音・防振性を確保。「オーディオルーム、ピアノ練習室以外でも子どもの声やペットの鳴き声など配慮が求められる場面は多様。設計でも様々なレベルでの音対応ノウハウが必要」と木島さん
画像:木島千嘉建築設計事務所 提供

    1階ラボ1。コンクリートの床壁天井に、遮音材、躯体とゴムで絶縁した仕上げを組み合わせ、防音・防振性を確保。「オーディオルーム、ピアノ練習室以外でも子どもの声やペットの鳴き声など配慮が求められる場面は多様。設計でも様々なレベルでの音対応ノウハウが必要」と木島さん
    画像:木島千嘉建築設計事務所 提供

近隣への配慮の結果の建物配置とフォルム。
開放的な佇まいで研究活動も馴染みやすく。

長らくこの敷地だけが農地のままだったため、周囲の住宅は光と風を享受できる環境にあった。木島さんはまず、新しい家が建つことで近隣の住環境が悪化しないように心を砕き、さらにお施主さまの研究活動が、近所に暮らす方々にご迷惑や不安感、威圧感などをもたらさないよう配慮した。両隣より道路側に建物を寄せたり、北側をすぼめた形状は、隣家と離隔距離を最大限に確保し、日影を小さくするために導かれた形状だ。

建物は1階に研究スペース、2階に広間やキッチン、水回りなどを配置。2階は研究仲間を招いて交流する場ともなっている。3階には書斎や寝台などの私的空間が設けられ、木造架構を現しとした屋根裏のような親密さと伸びやかさを併せ持つ空間が広がっている。

1階のラボは2つ。ヒヤリングによって研究に使用する機器を、しっかり防音・防振性が必要なものと、さほど必要でないものに分類し、コンクリートで囲い込むべき空間を必要最小限のサイズに絞り込んだ。お施主さまによれば、三角形の部屋は、不整形な実験装置を効率よく配置できるだけでなく、周囲に回遊するゆとりも確保でき、壁際の備品にも手が届きやすく、とても使いやすいそうだ。

もう一方のラボは、庭へ向かって開かれた平屋で、鋭角の頂点に向かう2辺が全面ガラスとなっている。サンルームのような陽だまりにはポーチ越しに公園からの風が抜け、庭からもアクセスしやすい。閉鎖感を抑えることで排他的な雰囲気は払拭されており、『おもしろ理科先生』という地域の制度に応じた子供向けの教室や、研究活動にとどまらずギャラリーなど多様な活動を受け入れる余白を備えた空間となっている。
  • 2階、広間からテラスの先端を見る。左手の引き戸は階段室。階段室からはそのままテラスに出ることも可能。天井やフローリングを鋭角に向けて割り付け、大きな開口とは異なる方向へ視線を誘う。コーナーに物を置くことを鋭角によって避け、空間の余白を維持する

    2階、広間からテラスの先端を見る。左手の引き戸は階段室。階段室からはそのままテラスに出ることも可能。天井やフローリングを鋭角に向けて割り付け、大きな開口とは異なる方向へ視線を誘う。コーナーに物を置くことを鋭角によって避け、空間の余白を維持する

  • 2階キッチンから広間、テラスまでを見通す。面積以上の奥行き感はこの家ならでは。柱の裏は客間として、柱を拠り所に引き戸とカーテンで仕切ることも可能。将来、寝室として2階だけでバリアフリーな生活を完結させることもできる

    2階キッチンから広間、テラスまでを見通す。面積以上の奥行き感はこの家ならでは。柱の裏は客間として、柱を拠り所に引き戸とカーテンで仕切ることも可能。将来、寝室として2階だけでバリアフリーな生活を完結させることもできる

  • 2階、広間から西側テラスを見る。テラスは格子戸だけでなく床の木製デッキにも防虫網を設置することで、風の抜ける半屋外的な居場所が拡張される。2階はRC造だが、格子戸に合せ、木製サッシ、フローリング、天井板など木質材料を多用し、集う場としての温もりを得た

    2階、広間から西側テラスを見る。テラスは格子戸だけでなく床の木製デッキにも防虫網を設置することで、風の抜ける半屋外的な居場所が拡張される。2階はRC造だが、格子戸に合せ、木製サッシ、フローリング、天井板など木質材料を多用し、集う場としての温もりを得た

  • 2階テラス。上から3分の1あたりに回転軸をもつ木製格子戸。紐を引き、跳ね上げ固定する。右は広間に続く木製サッシ。軒の深さと格子戸で雨掛かりのリスクが低くなることからアルミではなく木製の、さらに珍しい国産スギのサッシを採用した

    2階テラス。上から3分の1あたりに回転軸をもつ木製格子戸。紐を引き、跳ね上げ固定する。右は広間に続く木製サッシ。軒の深さと格子戸で雨掛かりのリスクが低くなることからアルミではなく木製の、さらに珍しい国産スギのサッシを採用した

敷地の魅力を支え、増幅させる
環境調整装置としての緩衝帯

メインの居住スペースとなる2階も構造はRC造だが、床や天井は木板を張り、大きなサッシも木製のため、外観イメージよりも温もりが感じられ、三角形の形状も相まって奥行き感と抜け感が共存する空間となっている。床や天井の板は窓に平行ではなく鋭角に向かって割付けられ、緑地公園と正対する西面だけでなく、鋭角の先端にも視線が導かれ、テラスは船の舳先のような場となった。

2階の魅力はなんといっても眺望だ。桜並木と公園に面する西側から南側へ、鋭角を介して連続する大開口の先に広がるのは樹々の緑だけである。春にはちょうど目線の高さに桜が咲き誇り、窓の外一面がピンクに染まる景色は格別である。

一方で、西向きの大開口はどうしても西日が深く差し、省エネの観点からは大きな負荷となる。特に近年は暑い時期が年々長くなり、季節ごとに大きく変化する太陽高度への対応も求められる。なるべく原始的な方法で臨機応変に日射を遮れ、メンテナンスもしやすい仕掛けを様々検討した結果、木島さんが提案したのは、風の通る木製テラスとそれを囲む可動の防虫網付き格子戸だった。

格子戸は高さ3分の1ほどの位置に回転軸を設け、上端の紐を引くことで蔀戸のように跳ね上がる。紐の長さを調整するだけの単純な仕組みながら、季節や時間帯に応じ、柔軟に日射や視界を制御できる。格子戸同士の間に縦桟を設けていないため、特に水平角度まで開けば視界を遮るものはなくなり、風景だけが前面に現れる。外観もまた格子戸の開閉によって、コンクリートの閉鎖的な印象が和らげられ、表情が変化していく。

2階から3階のプライベートスペースへの螺旋階段にも工夫が凝らされている。上がりきった瞬間に目の前に公園の緑が現れるよう、螺旋の中心ではなく、最上段に立った際の視点が空間の中心と重なるように計画されている。構造設計の工夫で屋根の頂点を支える柱をなくしたことにより、視界を遮られない空間越しの緑は迫力があり、2階とはまた異なる魅力となっている。木島さんが窓辺に提案した書斎について、お施主さまは「緑の雲の上で仕事をしている気分」と居心地を表現され、お気に入りの場所のひとつになったようだ。

窓辺から階段を振り返ると、構造を現しにした木造架構が空間に豊かな表情をもたらしている。「畳に大の字で寝たい」とのご要望を受けた寝台には、矩形の畳ではなくボロノイ図形に分割された畳が採用されている。多様な角度が美しく呼応し、様々な向きに自由に寝転ぶことのできる楽しさまでプラスして要望が叶えられていた。

お施主さまの思い描く理想の暮らし方を丁寧に聞き取り、敷地条件を最大限に生かしながら形にしていく。その過程で生まれた数々の工夫は、単に要望を満たすだけでなく、日々の暮らしの楽しみ方や、空間との新たな関わり方を引き出している。


撮影:淺川敏
  • 広間からテラス越しに緑地公園を眺める。木製格子戸を水平まで跳ね上げると、建具の存在が消え桜並木だけがパノラマ的に広がる。この眺望を獲得するため、縦桟の不要な建具の機構を考え抜いたと木島さん。ダイニングテーブルは様々な角度に馴染む楕円形を選択
画像:木島千嘉建築設計事務所 提供

    広間からテラス越しに緑地公園を眺める。木製格子戸を水平まで跳ね上げると、建具の存在が消え桜並木だけがパノラマ的に広がる。この眺望を獲得するため、縦桟の不要な建具の機構を考え抜いたと木島さん。ダイニングテーブルは様々な角度に馴染む楕円形を選択
    画像:木島千嘉建築設計事務所 提供

  • 3階。構造は西面に向かって線対称だが、あえて左右で斜め壁と床面の取り合い高さや付け柱などを変えることで、動きのある空間をつくり上げた。中央に柱のない架構により、螺旋階段からの眺めを最大限に生かすことができた。奥は書斎。緑雲の上で仕事をしているよう、とお施主さま
画像:木島千嘉建築設計事務所 提供

    3階。構造は西面に向かって線対称だが、あえて左右で斜め壁と床面の取り合い高さや付け柱などを変えることで、動きのある空間をつくり上げた。中央に柱のない架構により、螺旋階段からの眺めを最大限に生かすことができた。奥は書斎。緑雲の上で仕事をしているよう、とお施主さま
    画像:木島千嘉建築設計事務所 提供

  • 木造の架構を現しとした3階。スポットライトによる間接照明がメイン。「特に住宅では寝転がって天井を眺める事が多いので、器具はなるべくつけずにすっきり美しくさせたい」と木島さん。ボロノイ畳の寝台は枕の位置をどこにしてもよく、どの向きでも違う美しさがあるのは楽しい

    木造の架構を現しとした3階。スポットライトによる間接照明がメイン。「特に住宅では寝転がって天井を眺める事が多いので、器具はなるべくつけずにすっきり美しくさせたい」と木島さん。ボロノイ畳の寝台は枕の位置をどこにしてもよく、どの向きでも違う美しさがあるのは楽しい

  • ボロノイ畳は単一の素材ながら、畳目の角度によって光の反射が変わり色合いが多様に変化する

    ボロノイ畳は単一の素材ながら、畳目の角度によって光の反射が変わり色合いが多様に変化する

  • 3階、書斎からテラスを見る。緑豊かな公園や桜並木の西側だけでなく、北東側にも長閑な甍屋根越しに筑波山を望む景色が広がる。テラスを円形にすることで、さまざまな方角に意識を向けやすくなっている

    3階、書斎からテラスを見る。緑豊かな公園や桜並木の西側だけでなく、北東側にも長閑な甍屋根越しに筑波山を望む景色が広がる。テラスを円形にすることで、さまざまな方角に意識を向けやすくなっている

間取り図

  • 1F間取り図

  • 2F間取り図

  • 3F間取り図

基本データ

作品名
守谷の家-偏位57.8度-
所在地
茨城県守谷市
家族構成
男性1人
敷地面積
85.96㎡
延床面積
172.79㎡
予 算
1億円台