土地の文化や歴史を継承し、次世代へ。
阪神間モダニズムを継ぐ住まいと音楽サロン

サロン文化が根付く神戸で、代々この地に暮らすお施主さま。音楽とともに育ったお子さまたちや若き音楽家のために、コンサートサロンを兼ねた自宅への建て替えを決意された。緑の庭を背景に、優れた音響で演奏できるサロンは、LDKとしても申し分ない居心地。建築家の石さんはこれをどう両立させたのか。

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高低差のある敷地の地形を変えずに建て替え
土地の持つ記憶を継承する自宅兼サロン

「神戸コンサートサロン 記憶と未来を重ねる家」は、本格的なコンサートサロンとしても稼働する住宅だ。お施主さま夫妻が、音楽家として活躍する娘さまや、プロ級のピアノの腕前をもつ息子さまをはじめ、若手芸術家や音楽を楽しむ人たちのために建て替えを行った。

コンサートサロンはグランドピアノを用いての2台ピアノ形式の演奏も可能。神戸のサロン文化を支える、新たな拠点が誕生した。

お施主さま夫妻が設計を依頼したのは、株式会社seki.designの石憲明さんだ。建て替え前は、敷地の中央に長方形に建物が配置され、両側に庭というごく一般的なスタイルの住宅だったとのこと。石さんはこの以前の状態を見て、クリアすべきポイントがいくつかあると感じたという。まず両側にある細長い庭が機能していないこと、家の正面に大きな建物があり、景観や視界の抜けがいまいちなこと。加えて、家の裏はマンションがあり、上階から見下ろされるためプライバシーを守りにくいという点もあった。

また、古くからこの場所にお住まいだったお施主さまは「この土地が持つ記憶を継承したい」という要望もお持ちだった。そこで石さんは、歴史を刻んできた石垣や、それによりできた土地の高低差などを極力生かし、地形を大きく変えない建て替えを提案。「それは土地への敬意でもありますし、環境的にも経済的にも最も合理的といえます」と語る。

また、家は角地にあるが、駅までの動線を考慮し門扉や石垣のある駐車場、エントランスへ続く階段などの位置は変えないこととした。こうして、課題を一つひとつ解きながら住まい兼コンサートサロンをつくるプランニングが始まった。
  • 外観。建て替えは地形を大きく変えず、門扉や階段は以前と同じ場所に、カーポート奥の石垣も残し、記憶の継承を意識した。家は神戸の洋館らしいモダニズムを感じる佇まい。大きな建物だが、敷地の奥に寄せて配置し、さらに植栽を手前に計画することで街に対する威圧感をなくした

    外観。建て替えは地形を大きく変えず、門扉や階段は以前と同じ場所に、カーポート奥の石垣も残し、記憶の継承を意識した。家は神戸の洋館らしいモダニズムを感じる佇まい。大きな建物だが、敷地の奥に寄せて配置し、さらに植栽を手前に計画することで街に対する威圧感をなくした

  • カーポート。奥の壁面の石垣は以前からあったものをそのまま残し、工事上やむを得ず解体した部分のみ元の姿に積み直した。天井はランダムに円形の窓を開け、内部を明るくしている。画像左の階段も位置を変えず、仕上げを新たにした

    カーポート。奥の壁面の石垣は以前からあったものをそのまま残し、工事上やむを得ず解体した部分のみ元の姿に積み直した。天井はランダムに円形の窓を開け、内部を明るくしている。画像左の階段も位置を変えず、仕上げを新たにした

  • 上空から見た家。手前が真南。道路を挟み向かい側に大きな建物があるため、窓を南西に向けて開口し、視線の先に緑豊かな庭を計画することで伸びやかな視界を確保した。庭と家の間には広いテラスがあり、カーポートの屋根もテラスの色に似せたタイルで計画し一体感を持たせた

    上空から見た家。手前が真南。道路を挟み向かい側に大きな建物があるため、窓を南西に向けて開口し、視線の先に緑豊かな庭を計画することで伸びやかな視界を確保した。庭と家の間には広いテラスがあり、カーポートの屋根もテラスの色に似せたタイルで計画し一体感を持たせた

  • エントランス。框を上がった右壁面の引き戸はシューズクローゼット。上部がアールの仕切りは、半分透けるガラスの扉が裏に付いており、閉じられる

    エントランス。框を上がった右壁面の引き戸はシューズクローゼット。上部がアールの仕切りは、半分透けるガラスの扉が裏に付いており、閉じられる

家を奥に寄せ、敷地の角へ視線を伸ばす
豊かな庭も楽しめるコンサートサロン

大きく開口した窓から演奏者越しに青々とした緑が眺められ、本質的な豊かさを感じられる「神戸コンサートサロン」。設計においては「庭をどう楽しむか」がポイントだったという。

土地は南北に長く、西・東の両隣に建物がある。ただ、西側においては隣家の高い壁が立っており、プライバシーを守りやすいと判断した。そこで石さんは、まず建物を北に寄せて敷地の南側を空け、その上で南西の角に緑あふれる庭を計画。木々を重ねることで視線を避けるのはもちろん、庭の深さを演出した。

LDK兼音楽ホールの、南西に向けて大開口した窓からはまず広々したデッキが続き、芝生に降りることができる。一層の広さを得るため、石垣を残した駐車場の上にデッキの一部を重ね、さらにそこから続く駐車場の屋根はタイル敷きとした。ところどころに明かり取りの丸い窓が開けられたそのタイル部分までが庭の一部のように認識できるという。サロンを訪れた観客たちが終演後、演奏者とともに庭に出てちょっとした時間を過ごすこともできるだろう。

また、窓が真正面である南ではなく少し横に振れた南西に計画されたことで、向かいの大きな建物を避けつつ、緑豊かな庭を室内から楽しむことが叶えられた。

2階にも1階と同じ場所、角度で窓を計画。2階からはパノラマで景色が広がり、街の夜景も楽しめるという。視線を下げて庭を見れば、駐車場のタイル屋根から丸く漏れる光もやわらかく美しい。建て替え前とはまったく違う、家と庭の新しい関係が生まれた。
  • 1階LDK兼音楽ホール。すり鉢状に広がる大きな楕円形の吹き抜けで開放感たっぷり。ソファの正面、木目の収納の中にはテレビがある。木材、石、漆喰、布と素材が数多く組み合わさり、さらに居室の形が整形ではないことが、音響をより良くしている

    1階LDK兼音楽ホール。すり鉢状に広がる大きな楕円形の吹き抜けで開放感たっぷり。ソファの正面、木目の収納の中にはテレビがある。木材、石、漆喰、布と素材が数多く組み合わさり、さらに居室の形が整形ではないことが、音響をより良くしている

  • 1階LDK兼音楽ホール。右手前に和室、奥にアルコーブがあり、両室は演奏会のときの演者控室としても使用できる。演奏会がない日は一例としてこのようにレイアウトする。南西に向いた窓から豊かに光が入り、おおらか。2階部分にも同じ位置に窓があり、光が落ちる

    1階LDK兼音楽ホール。右手前に和室、奥にアルコーブがあり、両室は演奏会のときの演者控室としても使用できる。演奏会がない日は一例としてこのようにレイアウトする。南西に向いた窓から豊かに光が入り、おおらか。2階部分にも同じ位置に窓があり、光が落ちる

  • ライトは石さんがデザインし、造作。洋風を基調に和の要素を取り入れる阪神間モダニズムに倣い、木質のフィンや漆喰の壁、職人による石壁が醸す少し和風な雰囲気に合わせたという。漏れる光まで美しい

    ライトは石さんがデザインし、造作。洋風を基調に和の要素を取り入れる阪神間モダニズムに倣い、木質のフィンや漆喰の壁、職人による石壁が醸す少し和風な雰囲気に合わせたという。漏れる光まで美しい

素材にも、デザインにも、加工にもこだわる
日常と非日常を切り替える設え

お施主さまからは、コンサートサロンとしての機能と同時に「演奏会がない日常の生活では、ご夫婦の暮らしを静かに守る住まいであること」も求められていた。この両立のため、石さんは幾通りもの案を徹底的に検討したという。最初は音楽ホールを別棟として独立させる案。次に、サロンを一つの建物に取り込みつつ、住まいとは区分けした専用空間とする案。そうして行き着いたのが、LDKそのものがサロンへと姿を変える可変の案だった。

家の間取りはこうだ。1階にLDK兼音楽ホール、控室を兼ねた和室とアルコーブ。他にはゲスト用の水回りを配置した。2台あるピアノのうちの1台を収納する納戸や、サロン時に使用する椅子などをしまう階段下収納なども設けている。2階には寝室と、お施主さま用の水回りなどプライベートな居室を計画した。

生活に必要であるが生活感が出やすいテレビは、収納の中に設置。収納は壁面として空間に馴染むようデザインされており、閉じるとまったく気配が消えてしまう。同じようにキッチンも引き戸とロールスクリーンで隠すことができ、演奏会の日はサロンに、翌日にはご夫婦の静かな住まいへと、空間を切り替えられる。

この家のシンボルとなっているのは、1階のサロンから2階へ抜ける、最大高さ7mの楕円形の吹き抜けだ。旧宅でも吹き抜けを通して家中に音楽が満ちていたといい、その記憶を受け継ぐかたちでもある。見下ろしながら演奏に耳を傾けられる2階は、まさに特等席。このサロンならではの体験だ。また、1階と同じように2階の各居室への扉は壁と見紛うデザインで計画。コンサートサロンとして使用時は徹底的にプライベートな雰囲気を排除できるようにした。
  • 1階、キッチンから見たLDK兼音楽ホール。画像右のピアノ横は納戸。キッチンの上にあるロールスクリーンを下ろせば会場側から隠すことができる

    1階、キッチンから見たLDK兼音楽ホール。画像右のピアノ横は納戸。キッチンの上にあるロールスクリーンを下ろせば会場側から隠すことができる

  • LDK兼音楽ホール。吹き抜けは最大高さ7mあり、音が大きく広がる。天井には石のように見せる塗りの細工が施されている。南西に向かう窓からはテラス、その先の庭まで繋がる。向かいの建物を背の高い樹木で隠し、住宅街の中にあるとは思えない視線の抜けを確保した

    LDK兼音楽ホール。吹き抜けは最大高さ7mあり、音が大きく広がる。天井には石のように見せる塗りの細工が施されている。南西に向かう窓からはテラス、その先の庭まで繋がる。向かいの建物を背の高い樹木で隠し、住宅街の中にあるとは思えない視線の抜けを確保した

  • 1階アルコーブは奥さまのご要望を叶えた。多角形に入れた木製サッシとバルーンカーテンがクラシカルな設え

    1階アルコーブは奥さまのご要望を叶えた。多角形に入れた木製サッシとバルーンカーテンがクラシカルな設え

1階和室。「お施主さまは調度品を多くお持ちでしたので、和室に飾っていただけるように提案しました」と石さん。モダンなスタイルで他のエリアとのバランスがよい

2階吹き抜けからの眺め。すり鉢状、フィン状の手すりで演奏が見やすい。画像奥、本棚の間に寝室への扉が、本棚の右には浴室への扉がある。扉の雰囲気があると、その向こう側が気になる。客席としても使用することから、扉と居室の気配を消すことを重視した

2階寝室。内部は欧米風に洗面脱衣室や浴室と繋がっている。床はカーペット敷きで寝室らしい落ち着きと温かみがある

庭から家を見る。照明計画により、夜間は明るいだけでなく印象的に家を見せる

1階、LDK兼音楽ホール。44帖の広さがあるLDKは、2台のグランドピアノを設置でき、かつ30席を超える客席を持つ音楽ホールとしても稼働。吹き抜けのおかげで2階にも客席を設けられる。観客は直接音を浴びる1階、豊かな残響に包まれる2階、それぞれの変化を楽しめる

基本データ

作品名
神戸コンサートサロン 記憶と未来を重ねる家
所在地
兵庫県神戸市
家族構成
夫婦
敷地面積
543.03㎡
延床面積
299.80㎡