過去の記憶に新たな時間を積み重ねていく
世代を超えて住み継ぐ農家のリノベーション

家族が積み重ねてきた日々の営みを未来へ繋ぐ、およそ築80年の平屋の再生計画。アールの意匠を取り入れて新たに光と風の動線をつくり、明るく開放的に生まれ変わったメインスペース。親から子、孫へとバトンを受け継ぐべく、大屋根の下に新しい暮らしのカタチを描いたMono architectsの城田さんに、プロジェクトの全容を伺った。

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祖父母が建てた平屋の古民家を
現代の暮らしに合わせてアップデート

温暖な気候と豊かな水源に恵まれ、全国有数の果物産地でもある和歌山県紀の川市。同地域に多く残る農家の一棟が、今回の物語の舞台だ。

改修前まで祖母が生活していたこの家は、父の生家であり、施主のHさん自身も頻繁に遊びに来ていた場所。「家族にとって大切なこの家を、思い出とともに残したい」と、妻子とともに移住し、住み継ぐことを決意したという。

建築雑誌を読むなど、かねてより建築家との家づくりに興味を持っていたHさんがオーダーしたのは、古民家ならではの良さに、新しい魅力・価値を重ねていくリノベーション。

部屋が襖や障子で仕切られた間取りの生活のしづらさ、家の奥まで光が入らない薄暗さ、水回りの老朽化を払拭したいと希望していた。
  • 最も日当たり・風通しのいい場所に家族が集まるメインスペース(LDK・スタディスペース)を配置。光が奥まで届かず薄暗かった大屋根の住まいが明るい印象になった。

    最も日当たり・風通しのいい場所に家族が集まるメインスペース(LDK・スタディスペース)を配置。光が奥まで届かず薄暗かった大屋根の住まいが明るい印象になった。

  • 家族の歴史を蓄積し、次代へ継承していく記憶装置としての役割も果たす家。庭の植栽、瓦屋根はそのまま生かし、過去~現在~未来が緩やかに繋がり合う住まいをデザインした。

    家族の歴史を蓄積し、次代へ継承していく記憶装置としての役割も果たす家。庭の植栽、瓦屋根はそのまま生かし、過去~現在~未来が緩やかに繋がり合う住まいをデザインした。

メインスペースを日当たりのいい場所へ
家族で過ごす時間を大切にできる住まい

Hさんの依頼を受け、現地に足を運んだ城田さん。全体の建坪が90坪超と広いため、改修範囲によってはコストが嵩んでしまうことを懸念していたという。

そんな不安をよそに、しっかりと費用をかけて良質な材料で建てられていた建物は、築80年ほど経っているとは思えないほどに状態が良く、躯体部分は解体せずそのまま残せると判断。

立派な梁や柱、瓦屋根など既存建物の長所を活かしながら、生活空間や水回りの再配置を中心に、新しく住まう家族のライフスタイルに合った空間へと生まれ変わらせるプランを提案した。

スケールが大きいながらも各部屋が細かく仕切られているため、奥まで光が届かず薄暗い印象だった大屋根の住まい。そこで今回の改修では、柱や梁などの構造部を残しつつ、間仕切り壁や襖、障子を取り払い、北と南から採光できる大きなワンルームを設計。

生活空間・水回りを配置し直す際、城田さんが何より意識していたのは、「家族で過ごす時間を大切にしたい」という、他ならぬHさんの想いだった。

「以前は日当たりの悪い場所にあったLDKを、最も日当たり・風通しのいい場所に持ってくることで、家族団らんのひと時をより豊かなものにできたらと考えました。リビングの近くには、今はお子さんの遊び場、将来は勉強の場として使えるスタディスペースを新たに設けています」。

昔ながらの土天井は解体・撤去し、重量的負荷を軽減。外皮は全て残して床・壁・天井に断熱材を付加することで、性能も現代の基準に引き上げながら、この先も長く安心して住み継げる建物にアップデートした。
  • 経年劣化していた外壁を高耐久なガルバリウム鋼板に張り替え、古民家を現代風にアップデート。軒下の漆喰部分は状態が良かったため残し、自然の素材感を楽しんでいる。

    経年劣化していた外壁を高耐久なガルバリウム鋼板に張り替え、古民家を現代風にアップデート。軒下の漆喰部分は状態が良かったため残し、自然の素材感を楽しんでいる。

  • 来客を迎える玄関に一歩入るとアールが印象的。メインスペースと連続したデザインが内部へと導く。アールをアクセントに、異なる素材や質感、色でコーディネートした。

    来客を迎える玄関に一歩入るとアールが印象的。メインスペースと連続したデザインが内部へと導く。アールをアクセントに、異なる素材や質感、色でコーディネートした。

  • コストを抑えるため、シューズクロークはあえて扉を付けない仕様に。ショーウインドウのような「魅せる」空間をイメージした。正面の棚はベンチとしても活用できる。

    コストを抑えるため、シューズクロークはあえて扉を付けない仕様に。ショーウインドウのような「魅せる」空間をイメージした。正面の棚はベンチとしても活用できる。

直線と曲線の対比によって引き立つ
古民家の趣と新しい要素の融合

LDKを再構成する上でテーマとしたのが、「直線と曲線や面」「新と旧」の対比。

柱・梁など直線の多い32帖の大空間をアール形状の壁で緩やかにゾーニングし、リビング、ダイニング、キッチン、スタディスペースの用途を明確にしつつも、完全に仕切らないことで家族の繋がりをデザイン。

粗く無骨な既存の梁・柱の「線」に、柔らかなアールの「面」を組み合わせるアイデアによって、古民家の趣と新しい要素が融合する印象的な空間が誕生した。

「そのまま残すことに決めた柱と梁は垂直水平。それに対して、新しくつくるものに曲線を使えば、両方の良さを生かせるのではと考えたのです。アール形状の壁は『光が反射して抜けていく家』というイメージにもぴったりですし、直線と曲線、古いものと新しいものが、互いを引き立て合う空間になったと思います」。

優しい丸みを帯びた壁は直角の壁よりも光や風が通りやすく、部屋の隅々にまで明るさと心地良さが行き渡る。

曲線には視覚的な安心感があり、Hさん家族はこの家に暮らし始めて心まで自然と丸くなるような、穏やかな毎日を過ごしているそうだ。

「この地域には重厚で魅力的な古民家がまだ多く残っていますが、世代の移行とともに新築住戸に姿を変えつつあり、自然豊かな原風景も画一化の方向に進んでいます。Hさま邸の事例によって、安易に解体を進めるのではなく、住み継ぐことが一つの選択肢として上がるようになれば嬉しいです」と、城田さんは今回のプロジェクトを振り返る。
  • 廊下を進みスモークのかかった扉を開けると、32帖のメインスペースが迎えてくれる。元々あった4部屋の壁を取り壊し、外との一体感を楽しめる開放的なワンフロアに再構成した。

    廊下を進みスモークのかかった扉を開けると、32帖のメインスペースが迎えてくれる。元々あった4部屋の壁を取り壊し、外との一体感を楽しめる開放的なワンフロアに再構成した。

  • 延床92坪の巨大古民家を、家族4人の生活に必要なスペースに絞ってリノベーション。改修範囲と費用のかけどころに優先順位をつけ、建築費が予算内に納まるよう工夫した。

    延床92坪の巨大古民家を、家族4人の生活に必要なスペースに絞ってリノベーション。改修範囲と費用のかけどころに優先順位をつけ、建築費が予算内に納まるよう工夫した。

  • 天井を美しく見せ、かつ、照明が視界に入らないことを提案し、梁の上に目立たないようライン照明を設置。天井に光を当てて反射させることにより、柔らかな光が降り注ぐ。

    天井を美しく見せ、かつ、照明が視界に入らないことを提案し、梁の上に目立たないようライン照明を設置。天井に光を当てて反射させることにより、柔らかな光が降り注ぐ。

  • リビング、ダイニング、キッチン、スタディスペース、洗面脱衣室の各ボリュームをずらして配置し、壁の高さを抑えることで、光と風をフロアの隅々にまで取り入れている。

    リビング、ダイニング、キッチン、スタディスペース、洗面脱衣室の各ボリュームをずらして配置し、壁の高さを抑えることで、光と風をフロアの隅々にまで取り入れている。

  • アールのハコに囲まれたようなキッチン空間。上部の壁は天井の梁から吊るし、抜けをつくって軽やかに見せている。壁の内側は吊戸棚になっており、生活感を隠しつつ収納が可能だ。

    アールのハコに囲まれたようなキッチン空間。上部の壁は天井の梁から吊るし、抜けをつくって軽やかに見せている。壁の内側は吊戸棚になっており、生活感を隠しつつ収納が可能だ。

あえて遠回りすることで本質に近づき
手間ひまをかけた分、長く愛せる家に

過去の記憶や想いの上に新たな物語が積み重ねられていくことで、家は、家族にとってより大切な場所に。

時間や手間ひまをかけた分だけ愛着が湧き、暮らしに馴染み、かけがえのない存在として寄り添い続けてくれる。

そんな家づくりについて、「お施主さまの要望の本質にたどり着くためには、あえて遠回りすることも必要です」と城田さんは話す。

「設計の様々なプロセスの中で、複数のプランを提案し比較検討してもらい、着工後は、お施主さま、私、施工担当者の三者で現場を見ながら最終的な形を決めていく。お互いに手間はかかりますが、その過程こそが信頼関係を築くことに繋がるのだと思います。Hさまもこのプロセスを好んでくださったので、何度も一緒に現地に足を運び、家づくりという共同作業を楽しみました」。

住宅、店舗、新築、リノベーション、家具など、多様な用途・規模に応じた設計に対応。いずれの現場においても変わらないのは、施主の想いを大切にした、そこにしかない場所・空間をつくること。

建築家/施主という関係性の中でも相手への敬意を忘れず、大らかに懐深く。多様化が進むこの時代、既成概念にとらわれず、個人の価値観やスタイルに合わせた柔軟な提案で期待に応えてくれる城田さんと、ぜひ自由な家づくりを楽しんでほしい。




撮影:今西浩文
  • ワンフロアに変化をつけるため、スタディスペースには小上がりを採用。カウンター上部の開口は当初アール形状ではなかったが、現場で意見を交わし、現在の形に落ち着いたそう。

    ワンフロアに変化をつけるため、スタディスペースには小上がりを採用。カウンター上部の開口は当初アール形状ではなかったが、現場で意見を交わし、現在の形に落ち着いたそう。

  • 「アールの壁ごしに見ることで、子どもたちがより可愛く目に映るんです」とHさん。壁が目隠しになり、オモチャを広げたままでもストレスがないのも気に入っているという。

    「アールの壁ごしに見ることで、子どもたちがより可愛く目に映るんです」とHさん。壁が目隠しになり、オモチャを広げたままでもストレスがないのも気に入っているという。

  • アールの意匠に合わせたキッチン空間。ゆとりを持って作業ができる広いスペースだが、シンク下収納や吊戸の扉を無くし簡素な構成とすることで、コスト削減に繋げている。

    アールの意匠に合わせたキッチン空間。ゆとりを持って作業ができる広いスペースだが、シンク下収納や吊戸の扉を無くし簡素な構成とすることで、コスト削減に繋げている。

基本データ

作品名
紀伊の農家の家の住み継ぎ
所在地
和歌山県紀の川市
家族構成
夫婦+子供2人
延床面積
304.71㎡ 改修面積:174.25㎡