広く、制約の少ない敷地。一見すると恵まれた条件だが、選択肢が多いぶん設計は難しくなる。建築家、直井忍さんが導き出した答えは、周囲に閉じ、内へ開く、中庭を囲むコートハウス。一方、白を基調としたスタイリッシュな空間に憧れていた奥様の心を動かしたのは、建築家の自邸で体感した木の質感だった。蛇行する平面、中庭に向かって低くなる屋根、来客の目に触れない生活動線。目を引く仕掛けではなく、暮らす人への配慮を積み重ねた住まいを紹介する。
建築家の自邸を訪れ体感した木の質感が
スタイリッシュ志向の奥様の心を動かす
埼玉県さいたま市、武蔵浦和駅から歩いて10分ほどの一角。この界隈は現在、高層マンションや商業施設が次々と姿を現し、街の表情を大きく変えつつある。そんな変化の只中にありながら、静かな佇まいの平屋がある。グレーのラップサイディングが陰影をつくる低い軒。その内側に、家族だけの中庭が隠されている。
この住まいを設計したのは、創順居アトリエ 直井建築設計室の直井忍さん。埼玉県を拠点に、木や自然素材など、馴染む素材を中心に心地良さを重視した家づくりを続けてきた建築家だ。
きっかけは、日ごろ付き合いのある建築会社からの相談だった。設計部門をもたないその会社は、住宅建築の話が持ち込まれると、直井さんを頼ることが多いという。
「今回は規模も大きめなので、しっかり設計してくれる人がいいだろうということで、お声かけをいただきました。それで一緒にSさんに会いに行ったというのがスタートです」と直井さん。
建築のプロが、数ある建築家の中から特定の一人を指名する。そこには、日頃の仕事を通じて積み重ねられた確かな信頼がある。
案内された敷地は、駐車場として使われてきた広い更地だった。三方をぐるりと3階建ての住宅に囲まれ、それでもなお余裕を残す広さ。変形地や高低差といった厄介な条件は見当たらない。
だが、それがかえって難しさでもあった。
「制約が少ないからこそ選択肢がいっぱいあり、どうしていこうかという感じはありました」と直井さんは振り返る。
Sさんから寄せられた要望は、平屋にしたいこと。近隣からのプライバシーを確保したいこと。そして、奥様の要望として、白を基調としたモダンなインテリアにしたいというものだった。
十分な敷地がある以上、階段を上り下りする必要はない。近年、平屋の暮らしやすさへの関心は確実に高まっている。直井さんもその流れを肌で感じていた。
一方で、これだけの敷地に大きな建物を建てるとなれば、周囲への配慮も欠かせない。
「土地建物に対して圧迫感を与えるような、これ見よがしの豪邸をつくるというよりは、少し引いた形、あまり自己主張をしないような形で、なるべく周りの景観に馴染む・調和するものをつくるのが良いだろうと感じました」と直井さん。
平屋でありながら、ある程度のボリュームを確保する。周囲に開かず、けれど閉じ込められた感覚も与えない。この2つを同時に満たす答えとして直井さんの頭に浮かんだのが、中庭を囲むコートハウスだった。
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三方を3階建て住宅に囲まれた敷地に建つ平屋。手前は貸し駐車場として使われており、不特定多数の目が届くため、建物は敷地の奥へと配された。
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真上から見ると、建物が蛇行しながら中庭を囲んでいるのが分かる。四方を塞がず一箇所を開けることで、風の通り道と外部との接点を残した。屋根は中庭に向かって低くなる片流れに。
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外壁は一枚ずつ鎧張りに重ねたラップサイディング。グレー一色では重くなるため、駐車場との境の塀はブロックに白い塗装を施している。
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夜になるとライトアップされ、より一層落ち着きある佇まいに。中庭へ直接出入りできるスチール製の扉はフルオーダー品。
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天井が高く伸びやかな玄関ホールは、高窓から光が降りてくる。右手は、シューズクロークへの引戸。この先がパントリー、勝手口、キッチンへと一直線につながる家族用の動線となる
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勾配天井に張られているのは茨城・八溝産の杉。良質な材を産地から調達した。天井には照明器具を設けず、壁面と窓際の間接照明だけで明るさを確保している。
リビングは天井が高く、ロフトを載せたダイニングは低い。この高低差が空間に変化と奥行きを生む。床は幅広のオークフローリング。
ペンダント照明はグレーと青の中間色。カーテンの色味と揃え、インテリア全体に統一感を持たせた。窓際のカウンターは、気持ちの良い場所で本を読みたいという奥様のリクエストによるもの。
リビング・ダイニング上部の縦格子。エアコンの目隠しでもあり、上部のロフトへの空気の通り道でもある。ロフトにこもりがちな熱や湿気を排出する役割を担う。
リビングからは見通せない位置に据えたキッチン。天井を低く抑え、落ち着いた空間とした。左手の食器棚は直井さんの手による造作。奥へ進めばパントリー、勝手口へとつながり、買い物帰りの動線が完結する。
本棚とパソコンデスクを備えた書斎。上部のロフトはダイニング上の空間とつながり、風が抜ける。ロフトの窓はダイニングからリモコンで開閉できる。
蛇行する平面と中庭に低い片流れ屋根で
プライバシーと開放感を同時に満たす
方向性が定まったところで、直井さんはプランの検討に入った。
まず考えたのは、中庭のあり方だ。コートハウスといっても、四方を建物でぐるりと囲んでしまえば、そこは息の詰まる空間になりかねない。ある程度の広さを確保したうえで、あえて一箇所を「抜く」。それが直井さんの出した答えだった。
抜いた先に立てたのは、格子状の木の塀。目隠しとしての役割を果たしながら、風を通す。中庭の空気が淀んでしまっては、そこで過ごす心地良さは生まれない。
この「抜き」には、もう1つの意味があった。
「四方を全部囲う家っていうのは、外から見ると、この中にどんな人が住んでるのかとか、どんな家なのかっていうのは全く分かりません。そうじゃなく、どこかに少しでも外部との接点を持つ。そういうことが住まいには必要だろうなと思ったのです」
プライバシーは守りたい。けれど街との縁まで断つ必要はない。この匙加減が、住まいの佇まいを決めていく。
建物の配置には、敷地の事情が関わっていた。手前側は引き続き駐車場として使う計画で、しかもそこは貸し駐車場。不特定多数の人が、建物のすぐ前まで来ることになる。必然的に、建物は敷地の奥へ。そして手前側は、しっかりと閉じる必要があった。
平面の形は、コの字でもロの字でもない。蛇行しながら巻いていくような、独特の形状に行き着いた。手前から順に、ガレージ、エントランス、リビング・ダイニングのパブリックゾーン。さらに進むと水まわりがあり、ぐるりと回り込んだ最奥に寝室が配される。
「ひと続きではあるけど、ゾーンそれぞれに意味がある」
人が集まる場所から、静けさを求める場所へ。奥へ進むほどプライベート性が高まりながら、すべての部屋が中庭に面する。蛇行という形は、その両立から導かれたものだった。
屋根は、中庭に向かって下がっていく片流れとした。中側を高くした方が視線を遮れそうにも思えるが、直井さんの判断は逆だ。
中庭に立ったときに、背の高い壁が囲んでいると圧迫感があるのだ。囲まれている感覚ではなく、空が見える開放感を。単に光を採り入れるための中庭ではなく、そこで過ごすことを想定した中庭だからこその選択だった。一方で、北側に並ぶ3階建て住宅のバルコニーから、どう視線が届くか。その角度まで計算に入れられている。
軒の高さにも、直井さんのこだわりがある。特に玄関まわりは、できる限り低く抑えたいという。高い天井で仰々しく迎えるのではなく、落ち着いた高さで人を招き入れる。この感覚は、茶室にも通じるものだろう。
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客間ともなる予備室は、畳の小上がりを設けた多目的な部屋。床下は引き出し式の収納となっている。
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奥様が趣味でピアノを弾くための一室。扉は防音仕様としている。造作のカウンターも設えた。
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洗面、脱衣、洗濯を一室にまとめ、家事が完結する空間とした。奥の扉を開ければサービスヤードへ。当初は洗濯物を干す想定だったが、広いデッキも活用されているという。
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子ども部屋はブルーのアクセントウォール。デスクと棚を造作で設え、必要なものがコンパクトに収まっている。
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中庭側の屋根が低いぶん、隣家からの視線が届く。そのため寝室には地窓を採用した。上部の壁を少し出してカーテンボックスを隠し、埃が目立たないよう配慮している。
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屋根を中庭側に低く抑えたことで、囲まれている圧迫感がない。見上げれば空が大きく広がる。ウッドデッキと人工芝が敷かれ、家族が過ごす場として設えられている。
生活動線、天井の高低、ロフトの通風
入居者ファーストを貫く細部への配慮
こうして完成した住まいを見ていこう。
道路側から近づくと、まず目に入るのはグレーの外壁だ。一枚一枚を鎧張りのように重ねていくラップサイディングが、陰影のある表情をつくっている。ただし全体をグレーで覆えば重くなりすぎる。玄関まわりは色や素材を変え、駐車場との境の塀はブロックに白い塗装を施し、軽さを添えた。
中庭へ直接出入りするための扉は、スチールによるフルオーダー品で、外から中は見通せないが、光が漏れ、そこに何かがあることは伝わってくる。子どもが友人を招いてデッキで遊ぶときも、玄関を通らずに出入りできる。
木製の玄関ドアを開け邸内に入る。正面はリビングへと続くホール。頭上高くに設けられた窓から、光が降りてくる。
一方、右の扉の先には広いシューズクロークが広がる。ここを抜けるとパントリー、勝手口、キッチン、そしてダイニングへと一直線につながっていく。買い物から帰れば、ホールを通ることなく、そのまま食品を収められる。
注目すべきは、この生活動線が、玄関ホールからリビングへ向かうメインの動線からは完全に視界に入らないことだ。来客があっても、暮らしの気配を気にする必要がない。
「気にしなくていい気楽さ」と直井さんはいう。
リビングに立つと、天井の高さに目を奪われる。勾配を生かして高く持ち上げられた天井には、八溝杉の羽目板が張られている。そこに照明器具をつけず窓際と壁面に仕込まれた間接照明だけで、必要な明るさが確保されている。
隣接するダイニングは、上部にロフトを設けたぶん天井が低い。さらにキッチンは、あえてもっと低く抑えられている。高い場所と低い場所。その落差があるからこそ、リビングの開放感が際立つ。
リビングとダイニングの間には、ゆるやかに空間を隔てる壁が立つ。全体を仕切るわけではなく、なんとなくゾーンを分ける程度の存在だ。だが実はこの壁、建物を支える構造上きわめて重要な役割を担っている。キッチン脇の壁も同じ目的で配され、広い空間を成立させている。
「これはわざわざ自分から説明していないんで、住んでいるSさんも分からないかもしれません」
そう笑う直井さんだが、こうした仕掛けは家じゅうに潜んでいる。
ダイニングの窓際には、奥様のリクエストで、本を読むためのカウンターを設えた。
ダイニングの奥へ進むと上部がロフトとなっている書斎がある。このロフト、ダイニング上部の空間とつながっており、風が抜けるようになっている。ロフトの窓はダイニングからリモコンで開閉できるため、わざわざ上る必要もない。熱や湿気がこもりがちなロフトの弱点を、あらかじめ潰してある。
廊下を進んだ先、中庭の最も奥に寝室が配される。ここは中庭を経由して隣家から視線が届く位置にあるため、地窓を採用。視線を切りながら、光を取り込む。
中庭はウッドデッキと人工芝が広がり、ダイニングからはそのまま外へ出られる。息子さんがボール遊びをするにも、十分な広さがある。
完成後、この家づくりを振り返り「楽しかった」と奥様が話してくれたという。家具やカーテン、照明の選定にも、直井さんは時間を費やした。ショールームをいくつも巡り、1つひとつを一緒に選んでいったのだ。
自分の意見が反映され、アドバイスを受けながら選んだものが、結果として家にぴたりと収まっていく。その過程も含めて、家づくりだったのだろう。
最後に、直井さんが家づくりで大切にしていることを聞いた。
「そこで生活をしていくときに、何が一番あるべき姿なのかを見つけていく作業が、実は一番大変なんです」
情報があふれる時代、施主が自ら得られる知識は膨大だ。その中から何が最適かを見極める。ファーストプランで大枠が固まった今回のようなケースでも、その姿勢は変わらない。
建築には作家性がついて回る。工業製品とは違い、つくり手の個性が表れる領域だ。それでも直井さんは、そこに自分のエゴを持ち込まない。
「ただ建築的に面白いものをつくっても、そこに住む人にとっては決して心地良いものにはならないと思うんです」と直井さんは語る。
今がどうかだけでなく、将来にわたってどうか。そこまで考え、手間暇を惜しまない。入居者ファーストという言葉を直井さんは体現している。
これまで憧れていたスタイリッシュな空間ではなく、木の質感に満ちた住まいを奥様が選んだのも、実際に体験したからこそだった。図面やパースでは伝わりきらない心地良さが、直井さんの家にはある。
撮影者:酒井俊春