眺めの良いフリースペースと快適な生活機能
床面積を最大限に生かす新発想の住まい

東京都内の中古マンションをリノベーションしようと考えたMさん夫妻。設計を担当した坂田裕貴さんは住戸の諸条件やMさんたちのライフスタイルを踏まえ、「正円の壁」を取り入れた新感覚の住まいを提案。ゆるやかな曲線で空間の使い方をコントロールし、大満足の2人暮らしをかなえた合理的かつ独創的なプランとは?

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まるで「令和の縁側」?
全ての空間とつながる窓際のフリースペース

東京都内にある築約40年の中古マンションの1室を購入し、リノベーションすることにしたMさん夫妻。舞台となるのは周囲の街並みを望む最上階、約68㎡のL字型住戸だ。
「在宅ワークが多いご夫妻でしたが、70㎡弱なら個室を2室取っても余裕があります。その恵まれた広さを、十分に享受できるようなプランをご提案したいと考えました」

そう振り返るのは、設計を担当した一級建築士事務所 a.d.p(アデペ)の坂田裕貴さん。これだけの広さに大人2人で住まうアドバンテージを生活に反映すべく、「余白」を意識してプランニングに臨んだという。

ここでいう余白とは、使い方が限定されずそのときどきの暮らしに合わせて役割が変わり、ゆとりをもたらす空間を指している。

「でも、フレキシブルな空間として1部屋多く計画しても結局はいつもの居場所で過ごしてしまい、気づいたら納戸状態になるケースも少なくありません。それではあまりにもったいないので、どこからでも行き来しやすいスペースに、思い思いの時間を過ごせる自由な空間を設けたほうがいいだろうと考えました」

その前提で坂田さんが着目したのが、この住戸のL字型の平面だ。L字の内側には南西・北西の2方向に窓が連続し、明るい光とのびやかな眺めを得ることができる。

そこで坂田さんは、窓際に沿って「自由に使える余白の空間」をつくり、その外側に個室やキッチン、水まわりといった「生活機能の空間」を配するプランを考案。住戸全体を余白と生活機能の二層構造にすることで、生活の場のすぐそばに、気軽に出入りしてくつろげるフリースペースを設けようというアイデアだ。

「イメージでいうと、日本家屋の縁側です」と坂田さん。縁側は庭などの外部に大きく面しながら茶の間や座敷といった複数の部屋をまたいでいて、どの部屋からも出入りすることができる。そう考えるとL字型住戸の窓際をぐるりと囲み、背後に並ぶ個室やキッチンから直接アクセスできるスペースは、令和の縁側といえそうだ。

このアイデアはMさん夫妻もすぐに気に入ってくれたが、ここで坂田さんは次の課題に直面する。それは、「余白の空間と生活機能の空間を、どのような形で仕切るか」だった。
  • 写真中央が正円の軌道に乗る仕切り壁。この曲線の壁の内側(写真左)は用途を限定しないフリーな「広間」として夫婦で共用。その背後(写真右)には、住宅としての機能を担う水まわりや個室を配している

    写真中央が正円の軌道に乗る仕切り壁。この曲線の壁の内側(写真左)は用途を限定しないフリーな「広間」として夫婦で共用。その背後(写真右)には、住宅としての機能を担う水まわりや個室を配している

  • 写真奥は奥さまの個室。正円の壁の外側の両端は広さがあり、個室として十分に機能する

    写真奥は奥さまの個室。正円の壁の外側の両端は広さがあり、個室として十分に機能する

  • 奥さまの個室からキッチン(写真奥)を見る。曲線を描く壁は、空間の広さにメリハリがついて床面積を効率よく使えることがメリット。狭くなった中間部は家具置き場や通路として無駄なく使える

    奥さまの個室からキッチン(写真奥)を見る。曲線を描く壁は、空間の広さにメリハリがついて床面積を効率よく使えることがメリット。狭くなった中間部は家具置き場や通路として無駄なく使える

  • 正円の壁の開口部にて、下から天井を見上げたところ。円の内側は天井や床をバーチ材で仕上げ、もともとあった梁も木で覆っている。一方、壁の外側は壁も天井も梁も白で統一。正円を挟んで隣り合う2つの空間は、それぞれに異なる世界であることが感じられる

    正円の壁の開口部にて、下から天井を見上げたところ。円の内側は天井や床をバーチ材で仕上げ、もともとあった梁も木で覆っている。一方、壁の外側は壁も天井も梁も白で統一。正円を挟んで隣り合う2つの空間は、それぞれに異なる世界であることが感じられる

快適で床面積の配分も効率的
理想のレイアウトをかなえた正円の壁

用途を限定しない窓際の空間と、生活機能の空間の二層構造──。このアイデアを形にするときぱっと浮かんでくるのは直線で二分することだが、M邸の場合はL字に沿った直線壁で仕切ると、その両側に十分な幅を取るのが厳しい寸法だった。

それでも坂田さんはMさん夫妻が気に入ってくれた二層構造をあきらめず、「人の居場所とモノの居場所では必要な寸法が異なる」という点にヒントを見出す。仕切り壁の両側に広いところと狭いところをつくれば床面積を効率的に使えるし、理にかなって暮らしやすい住まいになると考えたのだ。

早速、広さにメリハリをもたせる壁の形を図面上でスタディし、あるとき「L字の両端の窓を結ぶと正円の軌道が描けるのではないか?」と閃いた坂田さん。CADで描いてみると予想通り窓と窓を結ぶ曲線は美しい円弧となり、空間を仕切る壁としても理想的な位置に収まった。これならジグザグの変形壁などと違って暮らしにくくなる心配もない。心の中でガッツポーズを決めたくなる瞬間だ。

こうして生まれた正円の壁により、壁の内側の中央部分にはゆったりとした奥行きがもたらされ、明るい窓から街の風景を楽しめる開放的な「広間」が誕生。壁の外側に配した生活機能の空間も、広い部分は個室やキッチン、曲線で狭くなったところは本棚置き場や収納と、用途ごとに最適な寸法を与えることに成功した。

正円の壁には適宜開口部が設けられ、個室やキッチンからダイレクトに広間にアクセスできることもポイントで、この造りはまさに縁側のイメージ。おかげで広間は「めったに使わない残念な部屋」になることはなく、仕事や家事の合間にくつろぐ日常的な居場所として大活躍。住戸全体のゆるやかなつながりも創出され、L字の両端に配した夫婦それぞれの個室にいても、互いの気配を感じられるほどよい一体感が生まれている。
  • 写真左はオリジナルで造作した洗面室。生活機能の空間として正円の壁(写真中央)の外側に配置している。広間側(写真右)の奥のドアを開けるとご主人の個室があり、広間を介してほかの空間へ行き来できるようになっている

    写真左はオリジナルで造作した洗面室。生活機能の空間として正円の壁(写真中央)の外側に配置している。広間側(写真右)の奥のドアを開けるとご主人の個室があり、広間を介してほかの空間へ行き来できるようになっている

  • キッチンから広間(写真左)を見る。正円の壁で囲われた広間は眺めの良い南西に窓が連続しており、明るい自然光がたっぷり入って居心地抜群。円弧を描く壁のおかげで中央部にはソファやテーブルをゆったり置ける広さを確保でき、Mさん夫妻のお気に入りスペースになっている

    キッチンから広間(写真左)を見る。正円の壁で囲われた広間は眺めの良い南西に窓が連続しており、明るい自然光がたっぷり入って居心地抜群。円弧を描く壁のおかげで中央部にはソファやテーブルをゆったり置ける広さを確保でき、Mさん夫妻のお気に入りスペースになっている

  • 正円の壁の外側にある奥さまの個室。個室の内装は夫婦それぞれの好みを反映。エッジの効いたグラフィカルなタイルカーペットは、奥さまの好みを踏まえて坂田さんが提案し、採用されたもの

    正円の壁の外側にある奥さまの個室。個室の内装は夫婦それぞれの好みを反映。エッジの効いたグラフィカルなタイルカーペットは、奥さまの好みを踏まえて坂田さんが提案し、採用されたもの

暮らしながら空間を育てる楽しみも
2つの世界が広がる豊かな住まい

「正円の壁を挟んで2つの世界が隣り合う」というコンセプトは、内装の仕上げにも表れている。まず、空間の用途を限定しない広間はMさん夫妻所有の家具との相性も考慮して、クセのないナチュラルなバーチ材を多用した。

また、広間側は正円の壁にボードを張らず、あえて下地の間柱を見せる「現し」にしていることもポイントだ。一般的な仕上げのプロセスでいうと途中で施工をやめている状態なのだが、その理由について、「例えば、太古の人類は洞窟や岩陰を住まいとし、自然がつくり上げた形を生かして寝食を行っていたと思うんです。同様に、この広間も用途に合わせて設計するというよりは、住みながら使い方を育てていき、そのプロセスも楽しめる空間になってほしい。そんなメッセージを込め、内装を完成させすぎない方がいいのでは、とご提案しました」と坂田さん。Mさん夫妻は、型にはまらないこのアイデアも楽しんで受け入れてくれたという。

一方、壁の外側の生活機能の空間は一般的なプロセスに沿ってボードやクロスを張り、壁の内外で世界が異なることを表現。70㎡弱のマンションの1室に、暮らしを遊べる空間と生活に必要な空間が隣り合わせで広がっている──そう考えるとなんだかワクワクしてしまう。

現在、Mさん夫妻は広間をダイニングやリビングとして使っているが、ゆるやかな曲線を描く壁や等間隔で並ぶ間柱はそれだけで意匠性が高く、2人が選んだ北欧家具やアートと好相性。空間を自分たちらしく育てながら楽しんでいることが伝わってきて、正円の壁は暮らしの満足度を高める空間デザインの要なのだと実感する。

特にソファまわりは円弧の壁にゆったり包まれているような柔らかさがあり、海外のホテルの素敵なロビーにいるかのよう。実際、Mさん夫妻は居心地にも暮らしやすさにも大満足だと聞けば坂田さんのプランは大正解だったと確信するし、今回の例に限らず、崖地の戸建てや変形敷地などのイレギュラーがあるときこそ、坂田さんの柔軟な独創性が花開くのではないかと感じる。

とはいえ、最後にあらためて強調しておきたいのは、「坂田さんは安易なファッション要素で正円の壁を提案したわけではない」ということだ。あくまでも起点にあるのは床面積や形状といった諸条件、住まう人の思いやライフスタイルをベースにした合理的かつ心地よい空間への探求心。だからこそM邸は「個性的でおしゃれな空間」という言葉だけでは表せない、懐の深い住まいになったのだ。



撮影者:takuya seki
  • 現在、広間はリビングやダイニングとして活用。ダイニング(写真右奥)とキッチン(写真左奥)の間は正円の壁を大きく開口し、壁を挟んだ2つの空間の自然なつながりを創出。キッチンにいるときも窓越しまで視線が抜け、のびやかな居心地を味わえる

    現在、広間はリビングやダイニングとして活用。ダイニング(写真右奥)とキッチン(写真左奥)の間は正円の壁を大きく開口し、壁を挟んだ2つの空間の自然なつながりを創出。キッチンにいるときも窓越しまで視線が抜け、のびやかな居心地を味わえる

  • 正円の壁は、壁の両サイドのどちらにも広いところと狭いところができるのがメリットの1つ。内側(写真左)の広い部分はくつろいで読書などができるリビングスペース。窓の下には、仕事をしながら大学院で研究にも携わっている奥さまのために本棚を造作した

    正円の壁は、壁の両サイドのどちらにも広いところと狭いところができるのがメリットの1つ。内側(写真左)の広い部分はくつろいで読書などができるリビングスペース。窓の下には、仕事をしながら大学院で研究にも携わっている奥さまのために本棚を造作した

  • 北欧家具が映えるナチュラルな空間は、ヨーロッパの素敵なホテルのロビーのよう。正円の壁の広間側は「空間を育てる」というメッセージを込め、あえて下地の間柱を現しに。等間隔で並ぶ間柱は意匠的にも楽しいが、奥行きを強調してより広く感じさせる効果もある

    北欧家具が映えるナチュラルな空間は、ヨーロッパの素敵なホテルのロビーのよう。正円の壁の広間側は「空間を育てる」というメッセージを込め、あえて下地の間柱を現しに。等間隔で並ぶ間柱は意匠的にも楽しいが、奥行きを強調してより広く感じさせる効果もある

  • 玄関まわりはシンプル。邸内に進むと、個性的で開放的な広間に出合うサプライズが待っている

    玄関まわりはシンプル。邸内に進むと、個性的で開放的な広間に出合うサプライズが待っている

  • ご主人の個室の内装は甘さを抑えたダークトーン。コンクリートの躯体を直接ペイントした黒い壁が印象的

    ご主人の個室の内装は甘さを抑えたダークトーン。コンクリートの躯体を直接ペイントした黒い壁が印象的

間取り図

  • 平面図

基本データ

作品名
M邸
所在地
東京都
家族構成
夫婦
延床面積
68.30㎡

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