地域住人の希望を丁寧にすくい取り
快適性と“安全安心”を両立させた公民館

約50世帯が暮らす伊豆の国市田原野区。建築家の石橋さんが設計した「田原野区公民館」は、厳しい気候に対応するアプローチと、有事の際の防災拠点としての機能、そして住民の多様な希望を受け入れた性格を併せ持つ。住民と建築家が5年半におよぶ対話を通じて導き出した、地域の実情に最適化された建築が誕生した。

この建築家に
相談する・
問い合わせる
(無料です)

補強改修か、それとも新築か
5年半にわたる合意形成のプロセス

本プロジェクトの契機は、かつて同敷地に建っていた旧公民館の老朽化である。旧公民館は鉄骨造で、床面積は現在の建物よりもやや広かった。しかし、耐震性能が不足していたことに加え、断熱性能が低く、「ここは標高が350mほどあり冬場はすごく冷えます。本プロジェクトの打ち合わせも旧集会所でやっていたのですが、冬はストーブをつけていても寒かったです。ですので、とくに暖房が効くよう断熱には配慮する必要がありました」と、石橋さんは話す。

そのような構造的・環境的な課題を解決するため、限られた地区の財産をどう運用すべきか、住民の間ではふたつの選択肢が議論されたという。ひとつは、「既存の鉄骨造をベースに、予算を投じて耐震補強改修を行い延命する」というもの。もう一方は「既存建物を解体し、次世代の運用を見据えた木造の公民館を新築する」ことだった。

約50世帯という小さな規模のコミュニティにおいて、住民個々の合意は事業の成否に直結する。全員が納得する結論を得るため、最初の検討開始から竣工までには5年半の期間が費やされた。
「小さな建物ではありますが、この地区の大切な公民館としてさまざまな検討が行われ、設計期間だけでも2年を費やすことになりました」と、石橋さんは振り返る。

地域住民が求めているのは単なる「会議室としての場所」ではなく、年数回の地区行事やお祭りの際に機能するダイナミックな空間と、日常的に住民が立ち寄りやすい心理的ハードルの低い空間であるという事実が浮かび上がってきた。また、災害時の避難場所としても使われることも想定された。
  • 周りを山々に囲まれた山間の集落に建つ田原野公民館(東側からの外観全景)。約50世帯が集まる集落の中心部に位置し、田畑に囲まれたのどかな環境が広がる

    周りを山々に囲まれた山間の集落に建つ田原野公民館(東側からの外観全景)。約50世帯が集まる集落の中心部に位置し、田畑に囲まれたのどかな環境が広がる

  • 西側からの外観全景。周囲の風景と調和するよう一枚の大きな屋根で覆うデザインを採用した。集会室の高さを確保するためのアシメトリーなフォルムにより、おおらかで心地よいリズムが生まれた

    西側からの外観全景。周囲の風景と調和するよう一枚の大きな屋根で覆うデザインを採用した。集会室の高さを確保するためのアシメトリーなフォルムにより、おおらかで心地よいリズムが生まれた

  • 集会室に面した屋外の屋根広場。約10.9m×5.5mの、柱のない広々とした空間となっている。手前に見える扉は外部からアクセスできる倉庫だ

    集会室に面した屋外の屋根広場。約10.9m×5.5mの、柱のない広々とした空間となっている。手前に見える扉は外部からアクセスできる倉庫だ

  • 公民館の裏側にあたる西からのアングル。集会室には開閉可能なハイサイドライトを設置。採光・通風を確保するとともに、公共施設に設置が義務付けられている排煙窓としての機能も兼ねる

    公民館の裏側にあたる西からのアングル。集会室には開閉可能なハイサイドライトを設置。採光・通風を確保するとともに、公共施設に設置が義務付けられている排煙窓としての機能も兼ねる

内と外を一体化させる
「屋根広場」の空間構成

住民との対話から抽出された具体的な要望のひとつが、「集会室とは別に、屋外に屋根のある広場を確保したい」ということだった。「夏に催される地域の祭や、その他の行事のときに屋根があると便利。そのため屋根のある屋外空間を集会室と一体的に使えるようにしたいということでした」と石橋さん。

住民の要望を叶えるため、石橋さんは建物の一定割合を「屋根広場」として割り当てる配置計画を提案。この設計におけるポイントは、室内(集会室)と半屋外(屋根広場)を分断せず、一体的に運用するためのディテールだ。集会室と屋根広場の境界には、床面の段差を極力なくしたフラットな大開口サッシを採用。地区行事などの際には、このサッシを全面開放することで、インサイドとアウトサイドをスムーズな行き来が可能に。例えば、室内で調理や準備を行い、それを屋外の広場側で提供するなど、状況に応じて内と外のスペースを最大限に利用できる可変性の高い空間を実現した。

一方、建物内部の集会室は柱のない約10.9m×10.9mの大空間に。「50世帯みんなが集まるようなことが年に何回かあるため、椅子に座って100人ぐらいは入れる空間を確保しました。新集会所は予算の縛りもあり木造なのですが、部屋の中には柱を立てられないため、屋根をトラス組としてトラスを見せるようなデザインを採用しました」と、石橋さんは話す。

旧集会所が抱えていた「ストーブをつけていても寒い室内」という問題を解決するため、断熱・気密仕様を施した。壁、天井、床下の適切な部位に断熱材を充填し、開口部には遮熱・断熱性に優れた複層ガラスの樹脂サッシを採用。これにより、冬期は最小限の空調負荷で室温を立ち上げ、その熱を維持する構造とした。また、夏期における日射熱の浸入も遮断するため、年間を通じて快適な室内環境が維持される。
  • 屋根広場と集会室をつなぐ開口部は、内外の床面の段差を極力なくし出入りしやすいよう配慮。サッシを全開すると、建物内部と外部がゆるやかにつながった、一連の大空間として利用できる

    屋根広場と集会室をつなぐ開口部は、内外の床面の段差を極力なくし出入りしやすいよう配慮。サッシを全開すると、建物内部と外部がゆるやかにつながった、一連の大空間として利用できる

  • 建物の南側には、住人の希望によって設置された外シンク(流し)がある。雨の日に外シンクを使うときにもなるべく濡れないよう、大屋根の南側は軒を長くしている

    建物の南側には、住人の希望によって設置された外シンク(流し)がある。雨の日に外シンクを使うときにもなるべく濡れないよう、大屋根の南側は軒を長くしている

  • 建物の正面外観。屋根広場の上に設置された換気扇のフード部分も、屋根材と同色で塗装。「設計では指定しませんでしたが、現場監督がフードを板金工場に持ち込んで塗ってもらったそうです」とのこと

    建物の正面外観。屋根広場の上に設置された換気扇のフード部分も、屋根材と同色で塗装。「設計では指定しませんでしたが、現場監督がフードを板金工場に持ち込んで塗ってもらったそうです」とのこと

  • 建物の正面外観夕景

    建物の正面外観夕景

外部非常電源も接続できる
災害時ライフラインの拠点に

田原野区は、狩野川沿いに開けた伊豆の国市の中心部から離れた標高約350mの高所にあり、周囲を山々に囲まれた「山間集落」だ。県道19号で市中央とつながっているが、地震などの災害時は道路が寸断され、集落が一時的に孤立する可能性も否定できない。遠方の指定避難所へ移動することは困難を伴うため、「住民の方々からは、身近な公民館をライフラインの拠点として機能させることを強く求められました」と石橋さん。

集会室は災害時の避難場所として使われることが想定されたため、停電時には外部の可搬式発電機や電気自動車(EV)から「非常用電源」を直接投入できる専用の入力ソケットを完備。地域全体の系統電源が寸断された場合でも、公民館では最低限の照明、暖房、情報通信機器の電源を確保できる設計となっている。
「山間の集落なので停電すると本当に真っ暗になってしまうそうです。だから電気がないっていう状況は本当に困ると、皆さんが口を揃えていました」と石橋さん。

また、エネルギー源のひとつとなるガスはプロパン(LP)ガスを採用。地下に埋設されたガス管でつながった都市ガスと異なり独立しているので、災害時もより早期の個別復旧が可能だ。災害時の備品を収納できる倉庫もあり、外部から直接アクセスできる仕様となっている。建物の外側には流しも。「万が一、ここが避難所になったとき、外部に流しがあればいろいろ便利」という住民の声を反映した形だ。
  • 玄関ホール。車椅子の方も利用しやすいようバリアフリー設計。写真右奥に伸びる廊下の右側(西側)に調理室やトイレなどの水廻りを集めた。廊下左側(東側)には会議室をレイアウト

    玄関ホール。車椅子の方も利用しやすいようバリアフリー設計。写真右奥に伸びる廊下の右側(西側)に調理室やトイレなどの水廻りを集めた。廊下左側(東側)には会議室をレイアウト

  • 玄関は外と中の床レベルを揃えたバリアフリーのフラットアプローチとなっている

    玄関は外と中の床レベルを揃えたバリアフリーのフラットアプローチとなっている

  • 集会室は縦横約10.9m×10.9m、およそ72畳の正方形の大空間。木造建築ゆえ、柱をなくすために5つのトラス組を採用し屋根を支えている

    集会室は縦横約10.9m×10.9m、およそ72畳の正方形の大空間。木造建築ゆえ、柱をなくすために5つのトラス組を採用し屋根を支えている

  • 集会室の天井高は約3.8mと開放的。効率的な空調機能を確保するため、天井にはファンが取り付けられている。プロジェクタの利用も想定し、壁は吸音性のあるパンチングボードを採用

    集会室の天井高は約3.8mと開放的。効率的な空調機能を確保するため、天井にはファンが取り付けられている。プロジェクタの利用も想定し、壁は吸音性のあるパンチングボードを採用

学習スペース「やまっこ」による
地域財産の稼働率の向上

「約50世帯の地区の公民館ということで、年数回行われる地区の行事のほかは集会室を使う機会があまりないことが残念だなと思っていました」と石橋さん。しかし、建物が竣工し運用がはじまると、計画段階で懸念されていた「稼働率の低さ」という課題が、住民の自発的なアプローチによって解決されたという。

「せっかく新しい公民館ができたのに、利用しないのはもったいない」ということで、現在は子どもたちのための学習スペース「やまっこ」として定期運用。放課後や長期休暇期間中、地域の子どもたちがこの公民館に集まり、宿題を行うスペースとして利用しているという。かつて冬期の寒さが問題視された公民館だったが、断熱への配慮と空調設備により、冬も夏も快適な“集いの場所”に生まれ変わった。

建築家が設計した“ハードウェア”は、住民たち自身によって「やまっこ」という“ソフトウェア”として現在も機能している。「今後も気軽に地域の方が使えるスペースとして、さらに用途が広がってくれたらうれしいですね」と、石橋さんは話す。

地域住民の希望を丁寧にすくい取り、5年半もの歳月をかけて誕生した「田原野区公民館」。単なる行政主導のコミュニティ施設ではなく、建築家と住民全員が向き合い互いに当事者として真摯な議論を重ねたプロセスがあったからこそ、地域の実情に最適化された建築が完成した好例といえよう。



撮影:トロロスタジオ
  • 屋根広場へとつながる3つの開口部が見える。イベント時や災害時には、内外一体となった施設の利用ができる

    屋根広場へとつながる3つの開口部が見える。イベント時や災害時には、内外一体となった施設の利用ができる

  • 建物南側廊下にも出入口を設置。ここから出て右手に外シンク(流し)が設けられている

    建物南側廊下にも出入口を設置。ここから出て右手に外シンク(流し)が設けられている

  • 建物南東側にレイアウトされた会議室。約7.3 m×5.5m、約24畳の広さがある

    建物南東側にレイアウトされた会議室。約7.3 m×5.5m、約24畳の広さがある

基本データ

作品名
田原野区公民館
所在地
静岡県伊豆の国市田原野区
敷地面積
1402.39㎡
延床面積
334.55㎡
予 算
9000万円台